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    生活

    当然? Facebookから逃げ出す若者たち

    ITジャーナリスト 高橋暁子

    つながり過ぎて「SNS疲れ」

    • SNSでの“つながり過ぎ”でストレスを感じる人も増えている(写真はイメージ)
      SNSでの“つながり過ぎ”でストレスを感じる人も増えている(写真はイメージ)

     SNSが普及し始めてから既に10年以上が()っている。今の10代の若者たちは、物心がついたころにはSNSがあった世代だ。彼らはSNSありきの“評価社会”が当たり前となっており、いつも他人の視線を気にし、他人がどう思うか、他人から評価されるか、友だちと比べてどうかを気にしながら生きている。そのことが、このところよく取り沙汰される「SNS疲れ」を呼び起こしている。ユーザー同士でコミュニケーションを重ねるうちに気疲れしてしまうのは、大人も同様だ。

     人間は、根源的に人とつながりたい欲求を持っている。そこで生まれたのがSNSだ。人と人とをつながりやすくし、コミュニケーションしやすくするサービスは、爆発的な人気を博した。ところが、つながりたい欲求は持っているくせに、つながり過ぎるとストレスを感じるのが人間というものだ。

     一人では生きられないくせに、つながり過ぎると見えを張ったり、劣等感を感じたりして楽しめなくなる悲しい動物なのだ。他人との距離感が分からなくなったり、自分のリアルの生活よりSNSが大切になってくる者も現れてくる。

     人が人とつながりたい欲求は根源的なものだからこそ、様々なSNSが誕生し、Facebookはここまで拡大した。だから、これからもSNS的要素は消えてなくなることはないと考える。たとえSNS自体が衰退しても、どこかに“人とつながる“というSNS的要素は形を変えて残り続けるだろう。

     今後、さらに感覚的で考えずに簡単に投稿できるSNSが出てくるだろう。若者が先に飛びつき、そのサービスが若者の間に十分普及したころ、大人たちも重い腰を上げてそのサービスを使い始めるに違いない。しかし、大人たちが「このサービスはいいね」と言い始めたころ、若者たちはきっと次のサービスに移っているはずだ。

     人と人とがつながることによって問題が生じ、軋轢(あつれき)を生み、それでも人はSNSを使いたいと思うだろう。人間同士のコミュニケーションには正解がなく、悩みは尽きないように、SNSを使い続ける以上、悩みから解放されることはない。SNSは、生きている限り続く、人間関係そのものだからだ。人類は、なんとも罪なものを開発したものである。

    プロフィル
    高橋暁子(たかはし・あきこ)
     ITジャーナリスト。書籍、雑誌、ウェブメディアなどの記事の執筆、企業などのコンサルタント、学校や地方自治体・企業などでの講演、セミナーなどを手がける。SNSなどのウェブサービスや、情報リテラシー教育などについて詳しい。元小学校教員。「ソーシャルメディア中毒 つながりに溺れる人たち」(幻冬舎)、「Twitter広告運用ガイド」(翔泳社、近日刊)他著作多数。「あさイチ」「ホンマでっか!?TV」などメディア出演多数。
    2016年06月22日 11時10分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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