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    国際

    「人道主義」が招いた混乱、出口なきドイツ難民問題

    作家、拓殖大学日本文化研究所客員教授 川口マーン惠美
     中東などから押し寄せてくる難民の波に翻弄されるヨーロッパの国々。難民受け入れの旗振り役であるドイツで、その流れに反対する声が大きくなり、混乱に拍車をかけている。一体どうしてこんなことになってしまったのか。ドイツ・シュツットガルト在住の作家、川口マーン惠美さんに寄稿してもらった。

    メルケル首相のお膝元で厳しい審判

    • 中国・杭州で開かれたG20首脳会議に出席したドイツのメルケル首相(AP)
      中国・杭州で開かれたG20首脳会議に出席したドイツのメルケル首相(AP)

     「過去数か月に行った根本的な決定は正しいと信じている」

     中国・杭州で開かれていた20か国・地域(G20)首脳会議に出席していたドイツのメルケル首相はこう言うのが精一杯だった。9月4日に旧東独のメクレンブルク・フォアポンメルン州で行われた州議会選挙で、メルケル首相のキリスト教民主同盟(CDU)が大敗北を喫したことへのコメントだ。この州はメルケル首相の選挙区でもある。

     敗北の原因は明らかだ。メルケル首相が推し進めてきた「寛容な」難民受け入れ政策に対する反発が高まっているのだ。メルケル首相は「私に責任があるのは明白」と認めたが、政策そのものは間違っていないとの認識を示した。

     ドイツが大量の難民を受け入れるようになったのは、それほど昔のことではない。メルケル首相が“Wir schaffen das(私たちにはできる)!”と言ったのが昨年8月31日。「困っている難民を受け入れよう。私たちにはそれができる」という意味だ。

    • 欧州を目指し、ギリシャにたどり着いた難民(ギリシャ東部レスボス島の海岸で、2015年9月撮影)
      欧州を目指し、ギリシャにたどり着いた難民(ギリシャ東部レスボス島の海岸で、2015年9月撮影)

     欧州連合(EU)ではダブリン協定により、難民の申請はEU域内に入ってからしかできないと決まっている。しかも、難民が最初に足を着けたEUの国が、その難民を登録し、保護しなければならない。また、難民を勝手に通過させて、他のEU加盟国に出すことも禁じられている。そのため、ここ数年、EUの南の外壁となっていたイタリアやギリシャに、アフリカや中東の難民がたまりにたまって、あちこちで混乱が起こっていた。

     ハンガリーも難民が大量に入った国の一つで、昨年の8月、ドイツに行きたい難民たちがブダペスト駅やその周辺に籠城し、惨状を呈していた。それを見かねたメルケル首相が、ハンガリーにいる難民を例外的に受け入れる宣言をしたのが9月4日。こうしてダブリン協定は停止され、ドイツによる前代未聞の難民受け入れが始まったのである。

    2016年09月14日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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