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    生活

    「散骨」という人生最後の選択肢と日本人の死生観

    「終活読本 ソナエ」編集部 半田泰

    根底にあるもの

     どうして散骨への関心が高まっているのでしょうか? 冒頭で紹介した2種類のお便りに根ざす問題に原因があるのではないかと思えます。

     それは、お墓の維持と宗教に対する意識の変化です。

     まず、お墓の維持についてです。お墓というものは「家」を基盤にして、子孫へと引き継がれることを前提にしています。ところが、少子化の急速な進行でこの基盤が揺らいでしまいました。一人っ子同士が結婚した場合、夫婦の肩には両家のお墓の維持がのしかかってきます。二つのお墓が近くにあればいいでしょうが、極端な話、北海道と九州にそれぞれのお墓があったら維持するのは難しくなります。

     最近、「墓じまい」という言葉を耳にすることも多いかと思います。これは、地方にある先祖代々のお墓を自宅近くに移すことです。改葬とも言われ、盛んに行われていますが、けっこうなお金がかかります。お寺にお墓がある場合などは、「離檀料」という名目でお寺から高額のお金を請求されることもあります。

     こうしたお墓の維持で苦労した人が、「この苦労を子どもにさせたくない」と考えて、後顧の憂いのない「散骨」を選択肢の一つにしているようです。また、子どもがおらず、お墓の承継が不可能になる人も同様です。

     次に、仏教に対する意識の変化です。お寺との付き合いは「盆と彼岸にお経をあげてもらう程度」というのは珍しいことはありません。また、葬儀屋さんに言わせると、「葬儀の段取りのために家の宗派を尋ねても、『知らない』と答える人が多い」と言います。

     こうした仏教離れは、「仏教は一種のサービス業」という認識を生みます。葬儀や法事に僧侶を派遣するインターネットサービスが広く受け入れられているのは、こうした意識が高まっている証左でしょう。

     仏教離れの中、「お寺に払うお金はサービスへの対価のはずなのに、それに見合うサービスが受けられない」という気持ちを持つ人が増えています。そうした人の一部が「もう、お寺に頼らずに供養する」として散骨を選んでいるようです。お墓を持つと、何だかんだでお寺との関係をつくらなければならないケースが多いからです。

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    2016年11月16日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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