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    社会

    「赤ちゃんポスト10年」(3)24時間 心に寄り添う

    読売新聞西部本社 赤ちゃんポスト取材班
     熊本市の慈恵病院は、こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)の開設に合わせて、予期せぬ妊娠などで悩む女性らのための24時間体制の電話相談を始めた。子どもを預ける前に、悩みを抱える人たちに寄り添おうとする取り組みは、各地に広がっている。


    • 6冊のノートを前に当時を振り返る田尻由貴子さん(熊本市西区で)=大原一郎撮影
      6冊のノートを前に当時を振り返る田尻由貴子さん(熊本市西区で)=大原一郎撮影

     表紙が色あせた6冊のB6判ノート。慈恵病院(熊本市)の看護部長だった田尻由貴子さん(67)が、ナース服のポケットに入れていたものだ。こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)開設から退職までの8年間、妊娠に悩む女性らの相談に応じる中で印象に残った言葉や自らの思いをつづってきた。

     「これでよかったのかな。あの子と一緒にいたかった。赤ちゃんのためにしっかりしなくてはいけない」

     2009年に書き留めたのは、一人の女子高校生の言葉だ。出産した子どもを養子に出し、自らは大学を受験しようと決断。田尻さんと一緒に出生届を出した後、「ほっとしたわけじゃない」と言って涙を流し、複雑な心境をつぶやいた。


    妊婦の相談対応 携帯離さず

     慈恵病院は妊娠などで悩む女性らのために、ゆりかごの開設に合わせて24時間体制の電話相談を始めた。件数は増加傾向をたどっており、07年度は501件だったが、12年度には1000件、16年度は6565件に上った。10年間の合計は2万1279件。当初、2人だった担当職員は、現在は11人になり、3交代制で電話を受ける。

     「今、家で赤ちゃんを産みました」「中学生だけど自分で育てたい」。切迫した内容や継続的な対応が必要な場合も多い。ゆりかごの場所を尋ねる電話もある。田尻さんは15年に退職するまで、帰宅後も自身の携帯電話で相談を受け続けた。

     入浴中でも風呂場の前に電話を置き、すぐに応対した。友人との旅行先でも携帯を手放さなかった。「この電話の先に命がつながっている」からだ。

     「事前に相談したことで、ゆりかごへ預けることを踏みとどまった人は多い」と田尻さんは言う。同病院では今も、深夜は担当者の携帯電話に転送している。


     4月中旬の夜、一般社団法人「にんしんSOS東京」の相談窓口の電話が鳴った。慈恵病院のような取り組みを広げようと、15年に助産師ら7人が窓口の運営を始めた。

     かけてきたのは、中国地方の30歳代女性。結婚できない相手との子を宿し、出産を迷っていた。数か月前から何度か相談していた女性は「産むことに決めました」と伝えた。電話を受けた古谷ひろこさん(43)は「よく決断したね」と語りかけ、家族に打ち明けて、地元の保健師を訪ねるよう助言した。

     にんしんSOS東京が電話相談に応じるのは、午後4時~午前0時。放課後や自治体の窓口が閉まった後の時間帯を選んだ。若者向けに無料通話アプリ「LINE(ライン)」でも受け付けている。

     妊娠検査に二の足を踏む少女には「ランチをしよう」と誘って話を聞き、妊娠したことを責められるなどと思って病院や役所に行くのをためらう女性たちに付き添うこともある。

     運営開始から1年半で相談者は500人を超え、件数は延べ約3000件に達した。対応する相談員は今春から22人に増やした。代表理事の中島かおりさん(45)は「想像以上に相談は多い。出産を迷うなど気持ちが揺れている人もいて継続的に対応することが大半だ」と語る。


     国も相談窓口の充実に乗り出した。4月施行の改正母子保健法では、市区町村が妊娠期から相談に応じる窓口を設けるよう定めた。厚生労働省によると、16年4月現在、296市区町村(17%)にとどまっており、20年度までの全国設置を目指している。

     相談員の研修を行う一般社団法人「全国妊娠SOSネットワーク」(東京)の赤尾さく美理事(46)は「数が増えても『使える窓口』でなくては意味がない」と指摘する。

     想定外の妊娠で本人が状況をうまく説明できないだけでなく、親身に対応してもらえず、窓口から遠ざかる人もいるためだ。「相談員には心情をくみ取る力や福祉の知識が必要で、深刻なケースでは病院に同行するなどの対応も求められる」と、赤尾さんは強調する。

     相談窓口は広がりつつある。だが、この10年間、ゆりかごは他のどこにも開設されなかった。


    プロフィル
    赤ちゃんポスト取材班
     読売新聞西部本社の入社5年目から15年目の記者3人が担当。約半年間かけて慈恵病院の関係者や、こうのとりのゆりかごに預けられた子どもの養親らから話を聞き、赤ちゃんポストの先進地・ドイツでも取材を行った。


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    2017年05月17日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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