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    歴史

    「水からガソリン」海軍を惑わしたトンデモ科学

    近代史研究家 山本一生
     水からガソリンをつくる。いかにも怪しげな発明話に心躍らせたのは、石油資源確保に苦慮していた旧帝国海軍の幹部たちだった。1939年(昭和14年)1月、当時の海軍次官・山本 五十六 ( いそろく ) は、実証実験を命じた。水が炎を上げる「奇跡の瞬間」は訪れたのか――。都市伝説のようにひっそりと語り継がれてきたエピソードを資料で裏づけし、「史実」として世に送り出した近代史研究家の山本 一生 ( いっしょう ) さんが語る。
    聞き手:読売新聞メディア局編集部 久保田稔

    世紀の発明か、インチキか

     山本さんがこの夏、上梓(じょうし)した「水を石油に変える人~山本五十六 不覚の一瞬」(文芸春秋)は、日米開戦前に起きた事件の顛末をたどるノンフィクション作品だ。

    <あらすじ>
     1938年(昭和13年)暮れ。前年の盧溝橋(ろこうきょう)事件で日本は中国との交戦状態に突入(日華事変)。国家総動員法が制定され、非常時の色は一段と濃くなっていた。そんな中、航空機などの燃料確保に血道をあげていた海軍幹部たちは一人の男に目を付ける。「水をガソリンに変える方法」を編み出したという本多維富(これとみ)。元帝国大学助教授ら専門家も太鼓判を押す在野の科学者だ。本多の「発明」は本物か、それともインチキか――。山本五十六・海軍次官(のちの連合艦隊司令長官、戦死後に元帥)は実験を指示。責任者となった大西瀧治郎大佐(「特攻」の生みの親、終戦翌日に自刃)らが目を光らせる中、世紀の実験が幕を開ける。

    ――「水からガソリン」という荒唐無稽な話に海軍上層部が振り回された。こんなに興味深いエピソードが、これまであまり知られていませんでした。なぜでしょうか。

     海軍にとっては恥ずかしい話なので、外部に漏らすのは(はばか)られたのでしょう。戦後も、阿川弘之さんが評伝「山本五十六」でこの事件に触れたり、実験に関わった元海軍関係者が思い出を語ったりしましたが、具体的にいつ、何が行われたのかは不明でした。「お話」の域を出なかったのです。

    ――それを今回、「史実」として書いたのは?

     十数年前に、たまたま実験の責任者だった大西瀧治郎が書いた報告書を見つけたからです。「水ヲ主体トシ揮発油ヲ製造スルト称スル発明ノ実験ニ関スル顛末報告書」と題する全58ページのマル秘文書で、これによって実験の日時や場所、関係者などを特定することができました。この一次資料によって「水からガソリン」事件は、真偽不明の思い出話ではなく史実となったといえます。

    ――「水ヲ主体トシ揮発油ヲ製造スル……」。そのものズバリの題名ですね。

     ただ、これだけでは事件の全体像をつかめません。大西の報告書を見つける以前から、関係者にはどんな人がいて、どんな思いを抱いていたのか、どんな事情があったのかなど、他の資料や関係者の日記などにあたって調べを進めていました。そこから、アメリカで活躍した柔術家の東勝熊(ひがしかつくま)など、興味深い人物が浮かび上がってきたわけです。

    ――調べてみようと思ったきっかけは何だったのですか。

     大学を出る頃に阿川さんの評伝でこの事件を知ったとき、「生き残った者たちの思い出話に過ぎないのでは」との疑問を抱いたのです。ちょうど二十年前に会社を辞め、恩師だった伊藤隆先生(東大名誉教授)のもとに戻ったのですが、少ししてこの事件の話をすると、「面白い話だね。ぜひ書いてみなさい」と言われたのがきっかけですね。ただ詐欺の話だけに経歴不明の人も多かったので、資料は十年前ぐらいには(そろ)っていたものの、肉付けに時間がかかった、といったところでしょうか。

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    2017年08月15日 07時50分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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