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    文化

    カズオ・イシグロと村上春樹 文学の違いはどこに?

    東京外国語大学教授 柴田勝二
     2017年のノーベル文学賞に選ばれたカズオ・イシグロ氏の作品には、5歳まで過ごした日本の影響が垣間見られるといわれる。毎年、ノーベル文学賞の有力候補として名前がとりざたされる村上春樹氏の文学との違いはどこにあるのか。日本近代文学研究者の柴田勝二・東京外国語大学教授に解説してもらった。

    日本の影が色濃く流れる『日の名残り』

    • 『忘れられた巨人』を出版し、インタビューに答えるカズオ・イシグロ氏(東京都内で、2015年6月8日)
      『忘れられた巨人』を出版し、インタビューに答えるカズオ・イシグロ氏(東京都内で、2015年6月8日)

     今年のノーベル文学賞に決まったカズオ・イシグロ氏は、国籍的にはイギリスの作家だが、受賞決定後の記者会見で「考え方や物事の見方、振る舞い方」に日本的なものの影響を受けていると語っているように、その作品には様々な「日本」の影が見てとれる。初期の『遠い山なみの光』『浮世の画家』の2作が、自身が5歳まで過ごした日本を舞台としているのはその表層的な現れだが、むしろその影は代表作とされる『日の名残り』や『私を離さないで』といった、イギリスを舞台とした作品に色濃く流れている。

     この2作に共通するのは、いずれも他者に奉仕する立場で自己抑制的に生きなければならない境遇に置かれた中心人物が、そのあり方を引き受けることで自己を全うしようとすることである。『日の名残り』の語り手・スティーブンスは、第2次世界大戦時にナチスに協力したことで非難を受けることになった貴族に仕えつづけた執事であり、『わたしを離さないで』の語り手・キャシーは、臓器提供者となるべく造られた子供たちの世話をする「介護人」の女性だった。

     とくに、スティーブンスは主人のダーリントン卿に仕える執事として、仕事に強い誇りをもっている。しかし、それは盲目的に主人を絶対視することによる矜持(きょうじ)ではなく、国際政治の場に身を置いている主人に仕え、彼の内心の吐露を受けたりもすることで、自身も間接的に政治の世界に関与しているという感覚をもてるからであった。

     こうした「仕える者」としての矜持をもった人間の姿は、日本文学にしばしばみられる。たとえば、森鴎外は江戸時代を舞台とする作品で、こうした人物を登場させている。『興津弥五右衛門の遺書』の主人公・興津は、同輩を斬り捨ててまで、茶道のための高価な香木を求める主君の願いを実現しようとする。『阿部一族』の主人公・阿部弥一右衛門は、主君の死に際して殉死が許されなかったにもかかわらず、武士としての矜持を守るべく許されない殉死を強行して、一家滅亡への道を開いてしまう。彼らはいくさのなくなった江戸時代に生きる、「戦う者」ではなく「仕える者」となった武士たちだが、「さむらい」の語源が「さぶらふ―仕える」ことであれば、イシグロ氏の描いた「仕える者」としての主人公も、いわばイギリスの「さむらい」であった。

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    2017年10月11日 12時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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