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    経済

    普通の主婦が倒産寸前の町工場の社長になったワケ

    ダイヤ精機社長 諏訪貴子
     32歳の専業主婦が、倒産寸前の町工場の社長に――。11月24日に始まったテレビドラマ「マチ工場のオンナ」(NHK、金曜後10時)の舞台は、少子高齢化や経営難などを理由に数を減らす町工場だ。後継者がいないなどの理由で2016年度に、休業・廃業に追い込まれた中小企業は過去最多となった。そうした流れに逆らうように、若くして町工場を継ぎ、経営を立て直した女性社長がいる。ドラマのモデルになったこの女性を、東京都大田区にある小さな工場に訪ねた。(聞き手・メディア局編集部 鈴木幸大)

    • 作業着姿の諏訪貴子社長(東京都大田区のダイヤ精機で)
      作業着姿の諏訪貴子社長(東京都大田区のダイヤ精機で)

     ドラマのモデルとなったのは、精密金属加工の「ダイヤ精機」の2代目社長・諏訪貴子さん(46)だ。13年前、夫は勤務する会社で米国赴任が決まっていた。6歳になった一人息子とともに渡米し、家族3人で新しい生活の準備をしていた。夫と子どもを家庭で支える主婦だった諏訪さん。社長になる決意をしたのは、父の突然の死だった。

    「余命はあと4日です」

     2004年4月のことだった。私は新宿の病院にいた。花冷えの雨が強く降っていたのを覚えている。父の保雄が体調を崩し、会社から病院に運ばれたと聞いて駆けつけた。

     「余命はあと4日ほどだと思います」

     医師の説明に頭が真っ白になった。肺がんだった。父の容態が深刻で、あとわずかの命と理解するにつれ、脚の震えが止まらなくなった。

     「しっかり治療すれば、きっと元気になるから頑張って」

     病床の父に症状は伝えなかった。病室を後にすると、雨の落ちてくる先を見上げて号泣した。

     父は、1964年に「ダイヤ精機」を創業。大手自動車メーカーなどから自動車部品用のゲージ(測定機具)や金型などの設計・製造を請け負っていた。

     社長である父が、数日後にいなくなってしまう。

     事業継承に必要な準備をしなければいけない、と自らを奮い立たせた。翌日、会社を訪れ、社長室の棚や机の引き出しをひっくり返した。

     預金通帳がない。金庫が開かない。社印が見つからない。当時、従業員は30人弱。父は1人ですべてを取り仕切っていた。

     入院から4日目、父は息を引き取った。

     声の出なくなった父は、メモ帳に金庫の暗証番号を書きとめた。それが、父の“最期の言葉”になった。64歳だった。

     「楽しかったんだよね。会社は大丈夫だから」

     旅立つ父に思わずそう声をかけた。

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    2017年11月25日 07時12分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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