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    国際

    ムガベ氏を退場させた「ソフト・クーデター」の力

    日本貿易振興機構(ジェトロ)理事 平野克己
     国を破綻させた「世界最高齢の独裁者」は、40歳以上も年下の妻に政権を譲ろうとしたところで命脈が尽きた。アフリカ南部のジンバブエで、37年にわたり権力を握ってきたロバート・ムガベ大統領(93)が11月21日、辞任した。1980年の独立に貢献したムガベ氏だが、農地改革に失敗し、経済でも失政を重ねた。今回の辞任劇が持つ意味について、アフリカ地域研究が専門の日本貿易振興機構(ジェトロ)の平野克己理事に聞いた(聞き手・読売新聞メディア局編集部次長 田口栄一)。

    遅きに失した辞任

    • 11月21日、ジンバブエの首都ハラレで、ムガベ大統領の辞任を知り、喜びを爆発させる人々(AP)
      11月21日、ジンバブエの首都ハラレで、ムガベ大統領の辞任を知り、喜びを爆発させる人々(AP)

     ――平野さんは1984年から87年にかけて、在ジンバブエ日本大使館で専門調査員として建国直後のジンバブエを見ている。今回、ムガベ大統領が辞任したと聞いて何を思ったか。

     遅きに失したというのが最初の感想だ。おそらく1997年あたりが辞め時だったと思う。その年の独立記念日(4月18日)にムガベ大統領が演説した時、聴衆のやじで演説を続けられなくなり、途中で降壇するという事件が起きた。

     当時、独立内戦を戦った元ゲリラ兵に対する年金の支払いが汚職等の影響で滞っていた。ムガベ氏にとって一番の支持母体である元ゲリラ兵たちの不興を買ったことで、与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)が揺らいでいた。

     92年にムガベ氏は最初の妻であるサリー夫人を亡くしている。彼女のことを深く愛していたと言われ、精神的にも大きなショック受けていたころだ。

     この時、ムガベ氏がいさぎよく後進に道を譲っていれば、独立の英雄として歴史に名をとどめただろう。だが、彼は政権に居座った。その後は、国内の白人層や旧宗主国イギリスをスケープゴートにした扇情的演説を繰り返すポピュリスト政権と化し、ジンバブエ経済を破綻に追い込んでいった。

     ――政権がおかしくなってから、ずいぶん長い時間がたっているが。

     ジンバブエの人たちは我慢強いというべきか、大きな国内騒乱が起こらない。約20年にわたって国がだめになっていく中で、さしたる抵抗運動を起こすことなく、耐え続けた。2008年の大統領選では野党候補が勝ったと思われたが、それをご破算にしてムガベ氏が居座った。ところが、その次の13年の選挙で、国民はムガベ氏を勝たせた。

     この時、私はあるところに「ジンバブエ人が、アフリカ人がわからなくなる」と書いた。他の国なら、学生や労働組合が騒ぎ出し、国民は怒りを表明しようとする。あの国ではそういうことが起こらない。この受動性が私には謎だ。

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    2017年12月05日 13時02分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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