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    教育

    学校に行けない…「不登校50年」が問い直すもの

    不登校新聞プロジェクト統括 山下耕平
     文部省(当時)が学校基本調査で「学校嫌い」の統計を取り始めたのは1966年。日本で唯一の不登校・ひきこもり専門紙「不登校新聞」(NPO法人全国不登校新聞社)は2016年、半世紀の節目に「不登校50年 証言プロジェクト」をスタートさせた。不登校経験者、保護者、フリースクール、医師、教師、研究者ら30人を超える声を集め、今夏、連載を終える。「不登校50年」が問い直した問題は何か。このプロジェクトの統括、山下耕平氏に聞いた。(聞き手・メディア局編集部 鈴木幸大)

    「英語でタイは釣れん」

    • 不登校新聞「不登校50年 証言プロジェクト」
      不登校新聞「不登校50年 証言プロジェクト」

     「だれも中学校をつくってくれと言うてない。英語を教えてくれる? 英語でタイは釣れん」

     

     岡山県の児童相談所職員だった佐藤修策さんは、1947年(昭和22年)に中学校が義務教育化された当時のエピソードを紹介した。

     瀬戸内海に面した倉敷市の漁村で、家庭訪問にまわると、中学校に行っていない生徒がゴロゴロいた。子どもに漁業を継がせたい父親は、釣りのイロハは学校では身につかないと主張した。「中学校は英語を学ぶことができるんですよ」。そう言って親を説得しようとしても、鼻で笑われた。

     「子どもを学校へ通わせるのは親の義務です」。当時は、こんな立て看板があちこちにあった。「勉強がいやなら、さっさと働け」と言ってしまう教員もいた。

     「学校に行かなければならない」という考え方もなく、不登校が問題になることもなかった。

    「学校に行けない」

     文部省は1950年に長期欠席者(年間30日以上の欠席者)の全国調査を初めて実施。この調査によって、49年度の長期欠席者は、小学校で約40万人(出現率4.15%)、中学校で約34万人(同7.6%)。小中合わせて約74万人いることが明らかになった。

     家庭が貧しくて学校に通えない。病気がちで通学が難しい。農業や漁業などを営む家庭は幼い弟妹の面倒や家事の手伝いを優先させた。長期欠席は、経済的理由が59.6%を占めた。

     ところが、60年ごろになると状況が変わった。はっきりとした理由がないのに欠席が長引く児童・生徒が現れた。

     経済的に困窮しているわけでもなく、健康状態に問題があるわけでもない。にもかかわらず、精神科や児童相談所にこんな悩みを訴える子がいた。

     「なぜだか分からないけれど、学校に行けない」

    2018年04月16日 07時16分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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