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    文化

    没後70年、作家・太宰治を生んだ「三つの空白期」

    読売新聞編集委員 鵜飼哲夫
     今年は、作家・太宰治が亡くなって70年になる。誕生日にもあたる6月19日の節目の桜桃忌には、全国から数多くのファンが太宰の眠る東京・三鷹の禅林寺を訪れ、在りし日の作家をしのぶことだろう。太宰文学は、今も多くの人たちに読み継がれているが、実は、太宰には小説を執筆しない「三つの空白期」があった。その空白期は、いずれも死や別れと関係していた。太宰は、その空白期を経るたびに脱皮し、明るく前向きな作品も書ける作家へと変わっていった。

    「人間失格」累計700万部、「こころ」に次いで2位

    • 月刊誌「東京人」7月号で太宰治を特集しているほか、河出文庫から「太宰治の手紙」と「太宰よ! 45人の追悼文集」が6月に出版された
      月刊誌「東京人」7月号で太宰治を特集しているほか、河出文庫から「太宰治の手紙」と「太宰よ! 45人の追悼文集」が6月に出版された

     戦後、「斜陽」がベストセラーになり、遺作となった「人間失格」を書いて世を去った太宰治(1909~48)は、今も読み継がれる人気作家である。明治の文豪・夏目漱石は「国民作家」として幅広い世代で読まれるが、太宰の場合は「青春の文学」「青春のはしか」と言われるように、自意識が芽生え、過剰になる思春期にはまる若者が多い。

     名作文学の充実で知られる新潮文庫の売り上げでは、「人間失格」は累計698万8000部で、漱石の「こころ」(735万2500部)に次いで堂々の2位。没落貴族の家に生まれた女性の恋と革命を描く「斜陽」は約377万部、教科書にも掲載された「走れメロス」は201万6000部。このほか、第1創作集「晩年」をはじめ、「津軽」「ヴィヨンの妻」もそれぞれ100万部以上売れており、計6冊がミリオンセラーになっている。

     平成になってからも人気は衰えていない。生誕100年の2009年には、「斜陽」「ヴィヨンの妻」「パンドラの(はこ)」が映画公開され、翌10年には生田斗真主演で「人間失格」が映画化された。

     朝霧カフカ原作、春河35漫画で雑誌連載の始まったマンガ「文豪ストレイドッグス」(文スト)でも太宰の人気は高い。同作は谷崎潤一郎や中島敦ら実在の作家と同姓同名の「異能者」たちがバトルを繰り広げる人気シリーズで、浮世離れした性格の太宰は、直接触れた相手の特殊能力を無効にする「人間失格」という技をもつイケメンキャラ。「文スト」はアニメ映画にもなり、太宰が通った東京・銀座のバー「ルパン」は最近、若い女性客でにぎわっている。

     その太宰といえば、1948年(昭和23年)6月に妻と3人の子を残して、戦争未亡人と玉川上水で心中したため、「人間失格」に代表される“無頼派”“苦悩の旗手”のイメージが長年ついてまわってきた。しかし、生前の太宰を知る関係者が次第に世を去り、太宰の作品を純粋に楽しむ世代が登場した平成時代からは、次第に明るい太宰像が目立ち始めた。没後60年の2008年には、月刊誌「東京人」が〈「生レテスミマセン」とは裏腹の明るく、健康的な素顔〉を特集した。生誕100年の翌09年には爆笑問題の太田光が「人間失格ではない太宰治」(新潮社)を出版し、〈M・C(マイ・コメディアン)〉を自認していた太宰を、「コメディアンの先輩」としたうえで、「富嶽百景」や「お伽草紙」に収録の「カチカチ山」など11作を〈サービス精神に(あふ)れた〉傑作として推薦している。15年にお笑い芸人で初めて芥川賞を受けた又吉直樹も太宰治を「大好き」と公言、「笑える短編小説」として「親友交歓」「畜犬談」などを推奨している。

     6月13日で没後70年となる今年も、やはり「東京人」7月号が「今こそ読みたい太宰治」を特集。生前の太宰と会ったことのある新宿のバー「風紋」の女主人と作家・堀江敏幸さんの対談「太宰さんは、ひょうきんな人でした」を掲載している。

    2018年06月11日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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