ドゥーツ Deutz(上)
3つ星レストランが認めたメゾン
グランクリュ(特級)のピノ・ノワールで知られるモンターニュ・ド・ランス地区のアイ村は王侯貴族に愛された。フランスの歴代王がランスで戴冠式を行っていた時期、セレモニーにはアイとオーヴィレールの村で造られたワインを使っていたという。当時は発泡しない赤ワインを産していたが、愛らしい名前のこの村は今も銘醸地であり続けている。
エペルネからクルマで10分のこの村には4つの重要なメゾンが存在するといわれる。ボランジェ、その傘下のアヤラ、長い歴史を誇るゴッセ、そして、ドゥーツである。ドゥーツの知名度は日本では高いとは言えないが、コニサー(目利き)にはよく知られている。日本では伊勢丹百貨店系列の輸入元のため、小売店の販路が限定されているが、よく知ったレストランはエレガントでフィネスに満ちたここのシャンパーニュをオンリストしている。
その品質の高さを証明するのが、ここの「ブリュット・クラシック」をハウス・シャンパーニュにしているレストランの存在だ。少規模のメゾンがレストランの注文に合わせたシャンパーニュを造ることはよくあるが、ここではその注文主が並ではない。1つがパリの3つ星レストラン「タイユヴァン」。フランスワイン界の権威ジャン・クロード・ヴリナ氏が「タイユヴァン」レーベルのシャンパーニュを詰めさせているというだけですごさがわかる。もう1つが香港のペニンシュラ・ホテル。こちらは年間で1万本以上を売るという。
「タイユヴァン」のヴリナ氏がハウスシャンパーニュに採用
広報ディレクターのアルノー・ブロ・ド・コメルス氏は「我々のパートナーはドゥーツの品質の高さを認めてくれている。名誉なことです。フランスでは40%以上がレストランで消費されています。日本でも目利きの方に愛されているのは光栄なこと」と語る。
アイ村の奥にひっそりとたたずむメゾンはこじんまりしているように見えて、実は背景に広大な敷地を抱えている。邸宅の後ろに広がる傾斜地が熟成用のカーヴになっており、その上にビン詰めや包装などに使うスペースを設けている。地勢と歴史を考えて合理的に設計されている。応接間からそのまま暗く深いカーヴへ降りていく通路があり、ロウソクが並んでいる。
ここのセラーはなかなかの見ものだ。長さは約3キロだが、深さは最深部で65メートルにも達する。温度は11度、湿度は95%で一定しており、常に足元が濡れている。100段以上の階段を歩きついで、たどり着く最も深い部分では、プレスティージュキュヴェ「キュヴェ・ウィリアム・ドゥーツ」やマグナムボトルが目につく。「ブラン・ド・ブラン 1979」のジェロボアム(3リットル)を3本見つけた。長熟の偉大なヴィンテージだ。
「あれは行き先が決まっている。タイユヴァン、トゥール・ダルジャン、ルカ・キャルトン」。いずれもワインの品揃えではトップクラスの星つきレストランである。ブロ氏が続けた。
「ルミュアージュ(動瓶)は『ブリュット・クラシック』がジャイロパレットで行っている。手で回すのはヴィテンージ物や『キュヴェ・ウィリアム・ドゥーツ』、それにマグナム以上の大型ボトルなど全体の10%に限られている。機械と人間の差はそれほどないから」
ドゥーツの創立は1838年。ウィリアム・ドゥーツ氏とピエール・アルバート氏が始め、家族経営を続けてきたが、1993年にランスに本拠を置く大手メゾンのルイ・ロデレールの傘下に入った。ロデレールが96年に送り込んだCEOのファブリス・ロセ氏は積極的な設備投資を行い、ドゥーツの品質をさらに向上させた。刷新されたばかりのビン詰めラインが明るく輝いていた。
契約農家との親密な関係 畑の格付け比率は97%
「ロデレールの傘下に入ってからも、大きな変化はありません。一方では競争相手なのですが、メゾンの規模が違いますから、良い結婚になったと言えるでしょう。伝統にのっとって、するべきことをしています。我々が重視しているのは、ブドウの品質。そのために契約農家のモチベーションを高くするのが大切です。常にコンタクトし、ランチに招いたりして、人間関係を保っています」
ドゥーツが所有する畑は42ヘクタール。生産量の35%をまかなっている。2000年には4〜9年の長期契約をブージー、アンボネイ、アヴィーズ、クラマンなどの優良な畑の農家と結んだ。剪定には9人の専門チームがいて、農家を指導している。肥料なども会社の方針が定められている。収穫には150人の熟練したピッカーを総動員する。
「畑の格付け比率はピノ・ノワールが99%、シャルドネが98%、ピノムニエをあわせても平均で97%に達します。シャンパーニュ地方全体で見ても最高レベルです」
ブロ氏が自信ありげに語った。
2004年9月訪問
テキスト&フォト 山本 昭彦
(2005年8月18日 読売新聞)