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タルラン Tarlant(上)
4世代の知恵と経験が生きる伝統のメゾン

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マルヌ川を見下ろすオーベルジュ付きのメゾン
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フォークリフトがせわしなくブドウの箱を運ぶ
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勢ぞろいした4世代。左からジョルジュ、ジョルジュ、ジャン・マリー、ブノワ
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パソコンやIT担当のメラニー
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忙しくてもランチは楽しむフランス人

 家族経営の生産者というのはシャンパーニュに限らず、フランスの各地に存在する。大規模な企業もあれば、手作りの造り手もいるが、タルラン家を訪れて、言葉本来の意味がよくわかった。

 セラーを歩いていたら、マダムのミシュリーヌが「急いでこっちに来て」と呼ぶ。何かと思ったら、「素晴らしいシャッターチャンスよ。この写真を逃してはだめ」というのだ。そこにいたのは、マダムの父のジョルジュと祖父の同じくジョルジュだった。急いでマダムの夫のジャン・マリーと息子ブノワを呼び集める。タルラン家の4世代の男がそろったのだ。

 「高齢のジョルジュがセラーに下りてくるのは珍しいから」とミシュリーヌ。熟成用の樽が並ぶ一角で記念撮影をした。上から97歳、77歳、54歳、29歳。長老のジョルジュは1908年生まれ。2度の大戦とシャンパーニュの発展史を目撃してきた。12代目のブノワにとっては、偉大なる曽祖父だが、今も現役感覚を失わず、言葉も物腰もしっかりしている。。

 「ブドウの生育や収穫を見守り、家族で毎年行うブレンドを決める会議にも参加しています」とミシュリーヌ。

 ヴーヴ・クリコでも、引退した2人の醸造長が健在であると聞いた。シャンパーニュは長寿に役立つ特別な何かを含んでいるのだろうか。少なくとも、飲めば、気分が舞い上がり、ストレスや不安が飛んでいくから、精神にいいことは間違いない。

17世紀後半から続けるブドウ栽培

 メゾンがブドウ栽培を始めたのは1687年。17世紀後半といえば、ドン・ペリニヨンがシャンパーニュ造りの基礎を築いた時期だから、伝統の長さがわかる。自分の畑で栽培するブドウでシャンパーニュを造るレコルタン・マニピュランだ。

 エペルネから車でマルヌ川沿いに走ること約15分。ヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区のウイィ村にメゾンはある。敷地内にプチ・ホテルを併設しており、収穫期に訪ねたらこれだけ楽しいところもないだろう。遠くにはマルヌ川を見渡せる。受け入れる側は大変だろうが、マダムのミシュリーヌは快く、収穫が始まったばかりの時期の訪問を受け入れてくれた。感謝するしかない。

 ブドウを積んだトラックが次々とやってくる。収穫期の忙しさはどこのメゾンも同じだ。カゴを移動させるフォークリフトにひかれないように、注意してセラーの周辺を歩く。新しいブドウに備えて醸造に使うバリックが干されていた。せわしなく動くブノワが無精ひげの顔で言う。

 「収穫期の10〜12日間は楽しいが、厳しい日々でもある。多いときで1日に8回までブドウをプレスする。スタートは朝の5時。夜は後片付けが終わると1時だね」

 シャンパーニュ造りというと、優雅な錬金術のように思う人もいるようだが、実際にはこうした地道な作業の積み重ねだ。ブドウに手をかけ、醸造に気を使い、完成されたボトルに仕上げていく。空調の効いたホテルで、フルートグラスを傾けているだけではわからない真実が、生産地に行くと見えてくる。

朝5時から深夜1時まで、一家総出の収穫作業

 米作りや野菜作りがそうであるように、農業は家族総出で取り組むもの。妹のメラニーはブドウの重量をパソコンに入力するかたわらで、ウェブカメラで圧搾の様子やセラーの動きをホームページに中継していた。貴重な記録だ。伝統を大切にしながら、IT技術を取り入れるという方向はきわめて正しい。

 プレスの区切りがついた午後1時すぎ、ようやくランチの時間になった。旧式の圧搾機のわきのテーブルに、マダム手造りの料理が並んだ。

 複雑ではないが、素材を生かした素朴で温かいものばかり。シャンパーニュで煮込んだ野菜やポテトのシチュー、ゆでたてのソーセージ、新鮮なパン。大皿が回ってきて、各人が好きなだけとる。シチューの味が深くて、マスタードをつけるといくらでもいける。

 飲み物は熟成途中のシャンパーニュ。王冠をサイダーのように開ける。熟成期間の短い半完成品だから、泡立ちや複雑さは弱いのだが、気軽さとぜいたくさが気に入った。造り手でしか飲めない。

 「収穫期間中は毎日、20人分以上の料理を用意しないといけないから大変なのよ」と、マダムが豪快に笑う。

 忙しくても、昼食の時間は大切にするのがフランス人。収穫期だから60分程度で切り上げるのは短い方だ。ブノワはシチューを何回もお代わりしていたが、気もそぞろにプレス機の様子を見に立ち上がった。

2005年9月訪問

テキスト&フォト 山本 昭彦

2006年3月23日  読売新聞)
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