アルバロ・パラシオス(2)Alvaro Palacios
人間と自然が共生するブドウ畑
優れた造り手のフットワークは軽い。植物相手の仕事だから、すぐに対応しなければだめになってしまう。アルバロ・パラシオスも例外ではない。スペイン国内の3つのワイナリーを見回っている。距離が離れているから簡単な仕事ではない。それぞれのワイナリーで産地を代表するワインを造っているのだから大したものだ。
地中海に近いカタルーニャ州プリオラートのアルバロ・パラシオス。内陸のリオハにあるパラシオス・レモンド。西に大きく離れて巡礼地サンチャアゴに近いビエルソで、甥と共に展開するデセンディエンテス・デ・ホセ・パラシオス。
リオハからバルセロナまでは車で4時間以上かかる。ウイークデイはリオハで過ごし、週末にグラタジョプスのボデガスに走ってくるのが通常のパターンだが、今回、出会ったときはその前にビエルソにも足を伸ばしたという。ハードなドライブをこなすために、ベンツのワゴンを駆っているわけがわかる
「2日間で、3か所を回って1000キロ以上を走った。昨夜は2時まで海辺のレストランで食事をしていたが、朝8時すぎにはここで働き始めていたよ」
小柄な体なのに、心身ともにタフな男だと感心していると、
「しょっちゅうあることではないよ(苦笑)。ビエルソで解決すべき問題があったから、ちょっと無理をしただけ」
疲れも見せず笑うアルバロと共に、いよいよ畑の探索に乗り出した。トヨタの四輪駆動車で赤ワイン「テラセス」のブドウを生む畑を走る。ギアは1速にホールドしたまま。スレートの岩盤の上を走る車はガタガタと振動する。ときおり左右が30度程度に傾きながら坂を登って行く。
2月だというのに、熱心に畑の雑草をすき返す作業をしていた。従業員は20人。小型のトラクターもあるが、ロバと馬を交配したラバが黙々と働いている。オーストラリアのロックバンド、AC/DCのTシャツ1枚を着た若い男のむき出しになった腕がたくましかった。
「機械で作業できる場所は限られている。段差が激しいからブドウの樹と樹の間は、ラバでもどうしようもない。人間がクワですき返すしかないんだ」
言われればその通りだ。足腰の弱い老人なら、普通に歩くこともかなわないような足場の悪さと傾斜。除草剤を使えば簡単なのだろうが、有機栽培を進めるアルバロの辞書に、化学薬品は載っていない。ひたすら人力で土を耕し、空気を送り込み、土中の微生物の活動を助けるのだ。
ラバでも無理な畑は人間が耕すしかない
「テラセス」とは斜面という意味。標高370〜410メートルに広がるこの急な畑を表現するのに、これ以上いい名前は思いつかない。樹齢は19年から100年の古樹まで。ガルナッチャ30%、カリニェナ60%、カベルネ・ソーヴィニヨンとシラーが10%。
収量はヘクタール当たり20〜26ヘクトリットル。極めて少ない。リコレリャ(粘土岩)というスレート土壌に覆われたやせた畑で、そもそもブドウが実をつけているという生命力に感心させられる。降雨量の少なさも考え合わせれば、出来上がったワインの凝縮力は人為的なものではなく、厳しい自然条件が無駄をそぎ落とした産物とわかる。
「ここに我々の畑を支えてくれたラバたちがいる」
アルバロが指差した先には、ラバの小屋があった。引退したラバたちも一緒に飼っているという。ブドウ畑と耕す動物、それらを取り巻く風土、そして、すべてを束ねる人間。ここには昔ながらのブドウ栽培が息づいている。それは近代の農業技術を超えたプリミティヴな何かなのだろう。
アルバロがプリオラートを「精神的な場所」と表現した背景も、ただ修道院があったという事実だけではないのだろう。人間と自然が共生して、テロワールを形作っているという意味合いも含まれているのに違いない。
2008年2月訪問
テキスト&フォト 山本 昭彦
(2008年8月1日 読売新聞)