アルバロ・パラシオス(3)Alvaro Palacios
テロワールの前で頭を垂れるしもべ
先行ランナーは孤独な存在だ。ほかの世界と同じく、ワイン界でもそうだろう。ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティやシャトー・ディケムなど、他に並ぶ者のない生産者が前を向いて走り続けるのは大変そうに思える。
伝統を踏襲するだけでは時代に取り残されるし、猛進しすぎてもうまくいくとは限らない。イタリア・フリウリのヨスコ・グラヴナーは天才的な生産者だが、熟成に新樽を試したり、古代のアンフォラ(陶器)を使ってみたりと、振幅の幅も大きい。品質を追求する試行錯誤も大きな魅力になっているが、一般の愛好家を含めた幅広い人々には不安定に映るかもしれない。
DRCのように、歴史があって、高価なワインを造る生産者は急ハンドルは切れない。ディケムもそれは同じだ。アルバロ・パラシオスはその点で、少し肩の荷が軽かったかもしれない。彼の強みは後発のランナーだったことだ。シャトー・ペトリュスで修行し、ブルゴーニュやボルドーのトップ生産者とも交流が深い。アルバロの運転する四輪駆動車の助手席に座って、畑を走っていると、話題は自然とブルゴーニュの方向に流れた。
「DRCのブドウ栽培はクリーンで、すきがない。ドメーヌ・ルロワはブドウの蔓も好きなように伸ばして、自然なたたずまいだ。私は両方のワインが好きだが、その中間を行きたい」
中世からの修道院でのブドウ栽培の伝統があるとはいえ、プリオラートの歴史が実質的に始まったのは1990年代以降のことだ。アルバロは自分の信じる道を歩んできた。
「私がここでガルナッチャを育てているのは、自分のためではない。ガルナッチャ種の将来のためだ。息子の代になれば、プリオラートはヨーロッパを代表するグラン・クリュになるだろう。そのために私は今、働いているんだ」
超モダンなワイナリーに戻って、カーヴを見学する。クリーンでやはりモダン。樽で熟成中の2006年の「レルミータ」が9個半あった。約2800本分。世界が探し求める液体のゴールドである。
レルミータの生産量が少ない理由とは
無菌室のようにきれいな試飲ルームで、デカンタージュした樽で熟成中の06年「レ・テラセス」から試飲を始めた。ずいぶん久しぶりに口にしたが、プルーンやオレンジの皮の香り、熟したなめらかなタンニン、石英的なミネラル感。濃い色合いといい、14%のアルコール度といい、まぎれもない南の土地のワインだが、冷ややかなスマートさがある。人はそれをフィネスと呼ぶかもしれない。
カリニェナ60%、ガルナッチャ30%、カベルネ・ソーヴィニヨンとシラーが10%。カリニェナ(カリニャン)が多くて、ガルナッチャが少ないのには理由がある。
「ガルナッチャはフィロキセラの後に17ヘクタールしか残らなかった。その後、スペインのワイン界は衰退した。古い台木のガルナッチャは質が悪かったから、1930年代にサラゴサから持ってきたカリニェナが栽培され、古木が残り、100年近い樹もある。1989年にワイナリーを設立した時点で、ガルナッチャは800ヘクタールしか植えられていなかった。レルミータの生産量が少ない理由もそこにある」
その意味で、プリオラートのテロワールを明確に表現しているのは、レス・テラセスといってもいいだろう。グラタジョプス、トロージャ、ベル・マントなど7つの村のブドウを使っている。いずれも350〜430メートルの急傾斜の畑から収穫している。瓶詰めから3年以内に飲むよう、ワイナリーは勧めている。
テロワールはとらえにくい概念だが、畑をつぶさに観察した後で試飲すると、このワインのミネラル感やきれいな酸が、ワイナリー周辺の険しい畑からくるものとよくわかる。
「シャトー・マルゴーのポール・ポンタリエは、『自分はテロワールのしもべ』と言っていましたよ」
私がそう水を向けると、アルバロがポンタリエ氏との思い出をしゃべり始めた。
「ポールも昔は傲慢だったことがあるらしいんだ。でも、マルゴーの偉大な畑を前にして謙虚になった、と話していた」
偉大なテロワールの前で首を垂れるのは、アルバロも同じかもしれない。
2008年2月訪問
テキスト&フォト 山本 昭彦
(2008年8月8日 読売新聞)