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アントワーヌ・ロラン・ビルカール氏 Antoine Billecart-Salmon
ビルカール・サルモン7代目当主

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マレイユ・シュール・アイ村に眠る小さなメゾン
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歴史的な建物がそのまま生きている
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ロゼはこのメゾンの得意とするところ
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シンプルだが重みのある看板
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熟成のときをすごすボトル
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ブラン・ド・ノワールの至宝「クロ・サンティレール」
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「クロ・サンティレール」96年を手に

特別なテロワールを表現するクロ・サンティレール

 通向けのシャンパーニュがあるなら、ビルカール・サルモンは代表格と言えよう。生産量は10万ケース。フランスでは星付きレストランに常備されている。どの小売店の棚にもあるわけではない。品質の高さは説明するまでもない。

 スウェーデンの評論家リチャード・ジューリンが、4000本のシャンパーニュを評価した著書で、最高の100本を選んだ。ここのキュヴェ・ニコラ・フランソワの59年、55年はそれぞれ、8位と9位に入った。シャンパーニュ業界ではよく知られた話なのだが、その理由についてたずねた。

 「50年代では、55年と59年が飛びぬけている。55年は複雑で凝縮しており、59年はデリケートで繊細。いずれもビルカール・サルモンの特色を表している。59年が今でもフレッシュで繊細なのは、低温による果汁の清澄を50年代から試みていたからだ」

 アントワーヌの祖父シャルルはビール造りにヒントを得て、低温清澄の手法を導入した。果汁を7度で48時間ほど清澄した後、培養酵母を添加。13度前後の低温から始めて、アルコール発酵をゆっくりと行った。当時はエナメルコーティングした鋼鉄製タンクを使い、今はステンレスタンクを用いる。

 「リスキーではあったが、最良の技術だった。最高のアロマを引き出すには培養酵母の方がいい。セラーに巨大な冷房装置を導入した。ほかのメゾンからはおかしく思われたが、革新的な発想だった。それは単なる技術ではなく、祖父の哲学に基づいていたんだ」

先駆的な低温による清澄の技術

 先駆者的な取り組みはそれだけにとどまらない。メゾンの裏手の畑「ル・クロ・サンティレール」から、ブラン・ド・ノワールを生産した。近年に盛んな単一畑のシャンパーニュ造りを先取りしていた。アッサンブラージュ(ブレンド)でメゾンのスタイルを表現するのでなく、テロワールをそのまま表現するという発想である。

 そのシャンパーニュを思いついたのは、1995年9月のこと。アントワーヌは兄フランソワと一緒に、クロ・サンティレールの畑に立っていた。収穫の疲れをシャンパーニュのグラスで癒しながら。そのとき、ピノ・ノワールをロゼのブレンドに使わずに、独自に仕込んでみるアイデアがわいたのだという。

 「独特の個性を持つ1級畑のような畑。マレイユ・シュール・アイ村、ピノ・ノワール、クロの畑……特別な醸造によって、その特色を引き出そうと考えたんだ。ひとまず醸造して、10年後にどうなっているのか確かめようと思った」

 最初のヴィンテージは95年。35〜40%を3〜4年の中古樽でアルコール発酵・熟成させた。樽はブルゴーニュのルイ・ジャド社から約50ほど購入した。10年後、熟成したボトルをドキドキしながら試飲した。

 「ガールフレンドとの初めてのデートみたいなもんだね。飲んだら、タフ&ラフだった……」

 アントワーヌの口にする印象は私と同じだ。05年に初めて試飲した95年は並々ならぬポテンシャルを感じさせたものの、強さや力みが先行している味わいだった。今回、味わった96年は一皮むけた印象だった。90年代で最も偉大な長期熟成型のヴィンテージ。果実も酸も泡も同じベクトルを目指してまとまり、バランスの良さの中にエレガンス&パワーがみなぎっている。踊り場を飛び越して、上の階に駆け上がったような進化だった。ノンドゼにもかかわらず果実の豊満さがきっちりと伝わってくる。長く続く余韻がブドウの力を物語る。

 「樽発酵・熟成の割合は60%にとどめた。我々は酸化には関心がない。エレガントさを求めている。樽を使うのは少量生産する中で、テロワールの表現をしたいからだ。96年の収穫時の潜在アルコールは10%あった。低収量のおかげだ。ヘクタール当たり80ヘクトリットルではだめ。厳しい剪定を行い、グリーン・ハーヴェストを施した上で、45ヘクトリットルに落としたおかげで、テロワールが表現できる」

 1ヘクタール足らずのクロ・サンティレールの畑に立ったとき、霊感のようなものを感じた。ここはほかとは違うと。それはメニル・シュール・オジェ村のクリュッグのクロ・デュ・メニルの畑に立ったときに感じたものとも似ている。石垣に囲まれた特別なテロワールが何かを訴えかけてくるのだ。

 「左岸のクロ・デュ・メニル、右岸のクロ・サンティレール。場所は違っても、特別なテロワールということかな。そのテロワールを余すことなく表現するのがクロ・サンティレールの狙いだ」

 生産量は5500本。次のヴィンテージは98、99年が控えている。

テキスト 山本 昭彦


プロフィール


アントワーヌ・ロラン・ビルカール  Antoine ROLAND-BILLECART
ビルカール・サルモン7代目当主

1961年生まれ。米国の高校を卒業し、81年にヨーロッパに戻った。スペインなどで経験を積み、85年から家業に参画。好きなワインはブルゴーニュ。アルマン・ルソーやコンフュロン・コトティドらがお気に入り。

2009年5月8日  読売新聞)
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