大橋健一氏 Kenichi Ohashi現地の最新情報を日本に発信する自然派ワインの伝道者
自然派ワインを特集するワイン雑誌が増えている。ビオディナミ、ビオロジック、リュットリゾネ…。手法は多様だが、有機的な農法で造られる「ビオワイン」はネット上のワインショップもにぎわせている。そうした波を起こすのに大きな役割を果たしたのがこの人だ。実家の業務用酒販店を切り盛りし、酒類販売業のコンサルタント集団「サマーソルト」で商品を開発し、講演で全国を飛び歩き、フランスの造り手を訪問している。 日本で最も多く自然派ワインをテイスティングしている。2000年以降、フランスを年に数回のペースで訪れ、すべてのワイン生産地を踏破した。訪問した造り手は100軒近い。ロワールのクロード・クルトワではクルトワ本人がつぶした豚を一緒に味わい、フィリップ・パカレとは自身のネゴシアンを興す前からの友人。パカレ、フレデリック・コサール、ティエリー・ピュズラらとは、飲んだワインの感想を携帯電話で話し合う仲になった。 フィールド・ワークの集大成「自然派ワインーヴァン・ナチュレル」出版
そのフィールド・ワークを集大成したのが、11月に柴田書店から出版予定の「自然派ワインーヴァン・ナチュレル」だ。種本はない。造り手から聞いた話をまとめ、日本の醸造学者に裏をとり、体系化した。 「何故、自然派ワインにはまったのかに始まり、ビオディナミとビオロジックの違い、農法、醸造法、推薦する31の生産者を紹介しています。自然派ワインを正しく理解して欲しい一方で、『ビオワイン』を宣伝文句に商売する風潮に警鐘を鳴らしたい。業者が自然派ワインを本当においしいと思って売っているのかどうか疑問なのです」 著書の冒頭で「有機農法で造られたワインの9割はおいしくありません」とうたっている。また、ティエリー・ピュズラは著書の推薦文で「ワイン評論家の得点ではなく、自分の舌を信じましょう」としている。
「自分の舌にウソをつくのはよくない。私はピュズラの2,000円のワインとシャトー・ムートンのどちらがうまいか?ときかれたら、ピュズラの方がうまいと言い切れますよ」 先日、久しぶりに二日酔いをした。前の晩に飲んだのはイタリアのヴァレンティーニの白、コサールのブルゴーニュの白、パカレのブルゴーニュの赤、それにボルドー1級シャトーの81年だった。 「どれが原因かすぐにわかりました。70年代後半から80年代のボルドーは米国市場を配慮して酸化防止剤の量が多い。でも、悲しかったですよ。昔は好きだったグラン・ヴァンを自分の体が受け付けないなんて。抗生物質を飲むと腹痛や発熱するようなものですね(笑)」 酸化防止剤の含有量を見分ける人間リトマス紙
今では酸化防止剤の含有量も想像がつく。 「ビン詰め時にごく少量添加すると1リットル当たり15〜20ミリグラム、その上が60〜80ミリグラム、あとは100ミリグラム以上。この3段階ならほぼわかります。のどにひっかかる感じなんかで。グラン・ヴァンは大体60〜80ミリグラムを添加してますね」 自然派ワインに目覚めたきっかけはボジョレーのマルセル・ラピエール。仲間のジャン・フォワヤールやジャン・ポール・テヴネも飲んで、「何じゃこれは」と思った。優勝した99年の日本ワインアドバイザー選手権に向けて勉強していた最中のことだ。 「味の濃さを感じましたね。凝縮感というと、普通はタンニンをさしますが、果実味が凝縮感していた。その理由はマセラシオン・カルボニックという醸造法にあったわけですが」 その後、イタリアの巨匠、エドワルド・ヴァレンティーニの白と赤を飲んで再び衝撃を受けた。モンテプルチアーノ・ダブルッツオの赤はガメイでないのに、同じニュアンスがあった。2000年春、ヴァレンティーニのもとを訪れて、その理由が見えてきた。 「共通しているのは野生酵母で造ること、酸化防止剤を抑えていることだったんです。ワイン業界では『ビオの大橋』と言われますが、動機は違うんですよ。ビオは農法を指すもので、醸造法ではありませんから。ただ、きちんと畑仕事をしてないと、そうした醸造はできないので、つながっていますけどね。そこから、同じような造り手への探訪が始まりました」 インポーターの資料で満足せずに、直接取材した点が、従来の酒屋とは違う。「熱心なソムリエさんや消費者を相手にしていると、様々な細かい問い合わせがきます。それに答えるためにも、自分で生産者を訪問したくなりました。おいしいワインにふれているうちに、どんな人が造っているのか知りたくなった。そういう純粋な好奇心もあります」 造り手の苦労を思うと自然派ワインは高くない
造り手たちと触れ合うと、苦労が肌で伝わってくる。 「シャンパーニュのダヴィッド・レクラパールなんて腰の曲がったお母さんと、あの寒い土地で畑の手入れしてるわけです。その現場を見てしまうと、1本8,000円しても高いなんて言えません。大手メゾンのヴィンテージ・シャンパンが同じくらいの値段だとしたら、その方が高いんですよ」 現代の自然派ワインの造り手で最高水準を行くと見ているのは、赤ならパカレ、プリューレ・ロック、白ならニコラ・ルナールだという。酸化と還元のバランスが高次元でとれているからだ。 「酸化防止剤を使わないと、酸化を避けるため、(酸素を遮断する)還元的な醸造法になりがちですが、そうなると硫化水素などの異臭が出ます。両者のバランスをとるのが難しい。ビオ的な手法をとらなくても、キスラーやブリュワー&クリフトン、ゲリー・ファレルのように高度なバランスをとっている造り手が出てきています。カリフォルニアは要注目ですね」 1週間のうち、2日は酒屋の仕事、2日は講演などの準備、2日は出張している。著書の出版に続く次の目標はー。 「東京に根をはったので、全国各地のソムリエさんたちと親交を深めたいです。各地に基盤を持って、自然派ワインの魅力を広めたいですね」 テキスト&フォト 山本 昭彦
(2004年10月12日 読売新聞)
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