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ロワールの野性児ディディエ・ダグノーが事故死

 「プィィ・フュメの野性児」と呼ばれたロワール地方の個性的な造り手ディディエ・ダグノー氏が、17日、フランス南西部ドルドーニュ地方で飛行機事故のため亡くなった。52歳だった。

 現地の報道によると、ダグノー氏は操縦していた小型の軽量飛行機で離陸時のトラブルが発生して墜落した。白ワイン造りの権威であるドゥニ・デュブルデュー・ボルドー大教授から「我々の世代の最も偉大なワインメーカー」と呼ばれたダグノー氏は、1956年、プイィ・フュメ地区サン・アンドラン村の生まれ。醸造学校に行かず、特定の生産者の下での見習修行もせず、独学で革新的なワイン造りを編み出した。

 ソーヴィニヨン・ブランの可能性を追求し、ビュイソン・ルナール、ピュル・サン、最高峰シレックスなどのプイィ・フュメのほか、接ぎ木していないブドウ樹から造るアステロイドは、英米の評論家から絶賛され、ロワールで最高の造り手の1人という評価を受けた。近年はモンダネの急斜面からサンセールも生産している。

 デュブルデュー教授から醸造の手法を、ブルゴーニュの神様アンリ・ジャイエからワイン造りの哲学を学び、そこに独自の手法を加えて、有機栽培と厳しい剪定、新樽を使った熟成、区画ごとの瓶詰めなどの挑戦的なワイン造りに取り組んだ。ワインは、シレックス(火打石)土壌からくる高貴なミネラル感と純粋な果実味を持ち、ソーヴィニヨン・ブランの概念を超える長期熟成型。今はなきベーシックな「アンシャイユ」の1998年ですら、10年間たってようやく飲みごろに入るというポテンシャルを備えている。

 ロック音楽家を連想させる長髪とヒゲ、挑発的な言動で、「アンファン・テリブル」(恐るべき子供たち)と呼ばれた。シャンパーニュで同じくアンファン・テリブルと呼ばれるアンセルム・セロス氏とも交流があった。そのセロス氏はダグノー氏を「サーカスの猛獣使い」と親しみをこめて呼んでいた。

 ワイン生産者の家系に生まれながら、父親との折り合いが悪く、74年にモトクロス・レーサーとなり世界を転戦。犬ぞりレースでもヨーロッパや世界のチャンピオンとなった。82年からワイン造りを始め、短期間でトップに駆け上がった。

 「何の世界でもベストを目指したい」というモットーの持ち主で、父親への反発や負けん気の強さが原動力となっていた。サンセール最上の区画モン・ダネからワインを造ることについても、「サンセールの連中が『プィイ・フュメは平地だからワイン造りが簡単』と言いふらしているから、乗り込んで、目にものみせてやることにした」と語っていた。激しく短い追い越し車線の人生だった。

 ただ、人間的には温かさと包容力を備えており、チェ・ゲバラのポスターが張られたセラーを訪ねると、いきなり畑で軽量トラクターを運転させて土壌の質を理解させるような茶目っ気の持ち主でもあった。前妻と現在のパートナーの間に4人の子供があり、前妻との間の長男と長女が最近はドメーヌを手伝っていた。

2008年9月19日  読売新聞)
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