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「すき焼き」 三浦友和さん

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「いつの間にか、豊かで便利な生活に慣れてしまう。食べ物も時代も、昔のことは忘れてしまいがちですね」(東京都港区で)=竹田津敦史撮影

桜肉も懐かしい少年時代

 すき焼き鍋で、まずネギをいためた後、脇によけて土手を作る。その真ん中で、肉を焼き、砂糖やしょうゆで味を付ける――。割り下を使わない関西風が「三浦家」のすき焼きだ。

 「20年ほど前、地方ロケで森繁久弥さんに教わって以来、我が家はこの方法。肉そのもののおいしさがより味わえる気がしますね」

 妻の百恵さんや二人の息子たちとも時々、鍋を囲む。材料を入れる順序、焼き加減、食べるタイミングなどは自ら仕切る。「実はぼくは、鍋奉行なんですよ」と笑う目に、家族を思う温かさが宿る。

 子どものころ一番印象に残っている食べ物がすき焼きだ。

 1960年、小学校3年生の時に、父親の仕事の関係で山梨県から東京に引っ越した。母親の料理も次第に東京風に変わっていった。食文化の違いにカルチャーショックを受けた。

 「それまで食べていたすき焼きは、安い桜肉(馬肉)で、鍋の半分くらいは量を増やすためハクサイが入っていた。牛肉という存在を知らなかったんです。東京にはうまいものがあるものだなと思いましたね」

 山梨では、バナナやチョコレートを腹いっぱい食べられたら、死んでもいい――という少年時代を送った。学校に給食はなく、自宅に帰って食べていた。母親が安い食材を上手に料理してくれた。

 「友達に中小企業の社長の子どもがいて、家でたまに出前を頼んでいた。すごい、うらやましい、とは思いました。でもそれは素直な感情で、ねたみやそねみとは違いましたね」

 日本が豊かになるに従い、てんぷらやすしなどそれまで食べられなかったものも、口にできるようになった。たった数十年で欲しい物は何でも手に入る時代に変わった。これからは携帯電話がなかったころを知らない世代も増えてくる。

 1958年(昭和33年)の東京を舞台にした映画「ALWAYS 三丁目の夕日」(11月公開、山崎貴監督)に出演。高度経済成長の直前、豊かではないけれど、希望とエネルギーあふれる人々が描かれている。テレビを購入した家に、近所の人が大勢集まり、皆で熱狂するシーンも印象的だ。

 「物がありすぎることが、本当に幸せなのかな。今は、自分が持っていない物があると、人をねたんだり、ひがんだりという感情にとらわれてしまう気がします」

 好青年の二枚目役が多かった20代から、着実に演技の幅を広げ、壮年の複雑な心情を演じる機会も多い。時代や生活を冷静に見つめる目が、それを支えているのかも知れない。

 「今思うと、馬肉のすき焼きもおいしかった。牛肉より劣っているわけではなく、あの時代のごちそうだったのです。豊かさって何だろう。難しいですね」(伊藤剛寛)

 みうら・ともかず 俳優。1952年山梨県生まれ。74年「伊豆の踊子」で映画初出演。99年主演の映画「M/OTHER(マザー)」がカンヌ映画祭国際批評家連盟賞受賞。テレビドラマの出演も多数。

2005年11月1日  読売新聞)
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