「みそ汁」 樋口可南子さん京の野菜 明日の活力昨年から、毎月1週間ほど、東京都内の自宅を離れ、京都のセカンドハウスで過ごしている。田畑や竹林に囲まれたのどかな場所だ。 朝、100円玉を5枚ほどポケットに入れて、夫とともに、犬の散歩に出かける。 「近くの畑の無人販売のコーナーで、おみそ汁に入れる朝取り野菜を買うのが楽しみなんです」 コーナーには、袋に詰められたサトイモ、カブ、ネギ、ナスなどが並ぶ。すべて1袋100円。両手に野菜の袋をぶら下げて帰宅すると、みそ汁作りに取りかかる。 利尻昆布とかつお節で丁寧にだしをとり、買ってきた野菜をたっぷりいれる。 「どんな高級スーパーの野菜にもかなわぬおいしさ。東京で作るみそ汁とはひと味違い、野菜のしゃきしゃきした感じが格別。食べると元気が出てくるんです」 北越の小京都といわれる新潟県加茂市出身。自然に囲まれて高校までを過ごした。上京し、美術大に在学中、アルバイト先の東京・銀座のあんみつやで、「女優をやってみないか」とスカウトされ、20歳でデビューした。 女優を始めたころは、いろいろな女性に“変身”できることがうれしくてたまらず、様々な役に挑戦した。 しかし、年齢と役柄を重ねるうちに、「どんな役を演じても、根っこにあるのは自分」と感じるように。 だから、自分の普段の生活を何より大切にする。スーパーへ買い物に行き、自分で毎日料理もする。だしを丁寧にとったみそ汁も欠かせない一品だ。 今年公開された映画「明日の記憶」で、若年性アルツハイマー病を患う主人公の妻を熱演。「途中から芝居か現実かわからないほど役に入り込んだ」という。自分のこととして演じて初めて、見る人に現実感を持って受け入れられると感じている。 真に迫る演技に深みを加えたのが、のんびり過ごす京都での生活だ。 「季節は四つではなく365あるのではないかと思うぐらいなんですよ」と身を乗り出して語るほど、京都では毎日、季節の移り変わりを感じる。黄金色の稲穂に目を奪われ、燃えるように咲く彼岸花のかれんさを知った。 大根やサトイモ、キャベツ。みそ汁に、具の新鮮さだけでなく空気のおいしさが加わり、心にも栄養を与えてくれる特別なものに。この暮らしのおかげで、都会での忙しさも、よい刺激と受け止められるようになった。 「女優の仕事は、飽きっぽい私が30年近くも続けられた唯一のもの。こんなに懸命になれるものはない」と言い切る。 スクリーンで見せる存在感は、こうした日常が“調味料”となり、こくとなってにじみ出ているのだろう。(谷本陽子) ひぐち・かなこ 女優。1958年、新潟県生まれ。映画「阿弥陀堂だより」や舞台「近松心中物語」など多数の作品に出演。11月に、京都とその周辺の人やものを紹介した「樋口可南子のものものがたり」が集英社から出版された。夫はコピーライターの糸井重里さん。 (2006年11月28日 読売新聞)
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