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「キャベツいため」 水木一郎さん

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アニメソングを歌う時は主人公の気持ちになりきる。「『がんばれこの野郎』って、自分も何度も勇気をもらったね」(東京都内で=和田康司撮影)

あの一喝と おやじの味

 「おやじの料理で育った」という。

 幼いころ、両親はクリーニング店を経営し、料理好きな父は仕事を終えると夕食作りに取りかかった。「今日は何がいい?」と聞かれれば、必ず「キャベツいため!」と答えた。

 「他のおかずが何でも、キャベツいためさえあればうれしかった。ほとんど毎日のように作ってもらったんじゃないかな」

 豚肉とキャベツだけといういたってシンプルな料理だが、かめば豚の脂とキャベツの甘みが口の中に広がった。強火でサッといため、キャベツはパリッとした歯ごたえが残る。しかも水っぽくない。味付けは、コショウとしょうゆ少々。台所で作り方を毎日見ていたのに、「いざ自分で作ってみると、同じものにならない。あの味は超えられないなぁ」と笑う。

 音楽との出合いは、母が持っていたジャズのレコード。子守歌代わりに聴いて育ち、5歳の時には歌手を目指すと決めていた。16歳でジャズ喫茶のオーディションを受けてグランプリに輝き、各地のジャズ喫茶を飛び回る歌手に。だが、父には猛反対され、口も利かなくなってしまった。

 わざとすれ違いになるような生活をした。そんな関係でも、父は黙ってキャベツいためを作ってくれた。自分も黙って食べた。「会話はなくても、キャベツいためでつながっていたのかもしれない」

 歌謡曲でレコードデビューしたもののヒットに恵まれず、3年後、当時は「誰もやりたがらなかった」アニメソングを引き受けた。

 「ここで歌手をやめたら、おやじに負けることになる。何が何でもしがみついていこうと思った」

 だがその時のアニメ界との出合いが、今の自分につながった。「マジンガーZ」をはじめ、アニメや特撮ヒーローものの主題歌、いわゆる「アニソン」を歌い続けている。今年、デビュー40周年。持ち歌は約1200曲にものぼる。最近のアニメブームの追い風もあり、今や「アニメソング界の大御所」と呼ばれ、親分肌の人柄から、コンサート会場では「アニキ」コールが起こるほどだ。

 父との和解は、臨終の床だった。病院の枕元で「わがまま言ってごめんな」と大声で言うと、父はうっすらと目を開けて答えてくれた。

 父が亡くなって12年。懐かしいあの味を求めて、火加減やキャベツを入れるタイミングを工夫しながら作ってみるが、やはりどこか違う。還暦を迎え、「本物を食うまで死ねない」と冗談交じりに言いながら、こう思うことがある。若かった自分を「歌手になんてなれるわけがない」と一喝した父は、わざとそう言ったのではないか、と。

 「絶対歌手をあきらめない、と思ったもの。しつこいオレの性格を見抜いてた」

 キャベツいためも、「あの味」ができるまで、あきらめずに作り続けるつもりだ。(月野美帆子)

 みずき・いちろう 歌手。1948年、東京都出身。68年デビュー、アニメソングを中心にヒット曲多数。40周年を記念して、ベスト盤「水木一郎ベスト」を先月発売。

2008年3月25日  読売新聞)
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