「ピザ」 麻木久仁子さん勝手違えど 母の気合小学2年生のころ、千葉県内の団地から、両親の念願だった東京都内の一戸建てに引っ越した。この時、初めて台所にガスオーブンが備え付けられた。煮っ転がしや焼き魚など和風の料理が多かった母の献立に、シチューなどカタカナの料理が加わるようになった。 「時代について行こうと、母も気合が入ってたんでしょうね、かっぽう着はエプロンになるし」。テレビでおなじみの笑顔で振り返る。 その「気合」の象徴のような出来事が小学4年生の時にあった。休日のお昼。台所の母が、テーブルの上いっぱいに百貨店の包み紙を裏返して敷き、粉をこね、のしては丸めを繰り返し始めた。直径20センチほど、丸くて平べったい生地が出来上がった。 「これ、何?」と聞くと、母は「ピザ! イタリア料理よ」。胸を張っているように見えた。初めてピザの存在を知った。母からフォークを手渡され、「膨らまないように穴をあけるの」と言われるまま、フォークの先で生地を刺した。チューブ入りのケチャップをスプーンで生地の隅々までのばす。薄切りしたピーマンとロースハムを乗せ、細かく刻んだプロセスチーズをかけて、ガスオーブンで焼いた。 「ふーん、これがピザなの」。チーズのトロッとした感じはなく、ケチャップの味はしたが、焦げた野菜のにおいの方が頭に残っている。 「何か珍妙な食べ物だなあと。大学生になってから初めてピザ専門店で食べた時のおいしさと言ったら。母が作ったのは何だったのって思いました」。またまた大きく笑った。 「でもね、母はあのころ、幼い私に珍しいものを作って食べさせたいとチャレンジしてくれた。私もそれを手伝った。鮮明に記憶に残る台所の光景や思い出があることが大事だと、母親になってから思うようになりました」 だから、どんなにタレント活動が忙しくても、中学2年生になった一人娘のために、弁当を手作りすることは欠かさなかった。 ピザ作り初挑戦の時、もう一つ印象的だった光景がある。テーブルの上をチラチラのぞき込んで手を動かす母の姿だ。視線の先は、ピザの作り方が載った新聞の家庭面の切り抜きだった。 「私も家庭面の記事を見て料理を作ることがあるんですよ」。そして、今度はいたずらっぽく笑って「ナイショなんだけど」と、続けた。「クイズで出題されるのは、一面などに大きく載るニュースじゃなくて、家庭面や紙面の下の小さな記事なの」 バラエティーから報道番組まで幅広く活躍する。特にクイズ番組での博識ぶりは有名で、高い正答率を誇る。その秘訣(ひけつ)は、新聞の読み方にあった。(大浦哲) あさぎ・くにこ タレント。1962年、東京都生まれ。学習院大法学部中退後に芸能活動を始め、88年に「オールナイトフジ」の司会者。報道番組でも活躍し、最近、編集委員を務めた「現代世界を斬る! ジャーナリスティックな地図」(帝国書院)が刊行された。 (2008年8月5日 読売新聞)
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