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「めはりずし」 萬田久子さん

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「『最近始めたことは?』と聞かれたアンケートに『母親の味の再現』と答えました。母の存在を思い出すために、めはりずしを作る機会はもっと増えると思います」(東京・渋谷区で)=江口聡子撮影

母の声が聞こえるから

 にぎりめしを高菜の浅漬けで巻いた「めはりずし」は、紀州・熊野地方の名物だ。

 2年前に亡くなった母親の孝子さんが和歌山県出身で、よく作ってくれた。

 高菜を茎と葉に分け、茎で葉にしょうゆを塗る。きざんだ茎を具にしてご飯をにぎり、葉でまく。酢飯でつくるのが一般的だが、孝子さんは酢は加えなかった。

 葉をかみ切ると、口の中に高菜としょうゆの香りがふわーっと広がる。

 「私は大阪で生まれ育ったので、子どものころは、たこ焼きが大好物。めはりずしが食卓に出ても、当時はあまり興味を示しませんでした」と打ち明ける。

 大きいので、口を大きく開け、目を見張って食べることから「めはりずし」と呼ぶらしく、孝子さんも「目ぇ張って口張って食べんねやでぇ」と言っていたことは、はっきりと覚えている。

 この世界に入るきっかけとなったのが、関西の短大時代にミス・ユニバースの日本代表に選ばれたこと。その直後に父が亡くなったため、「母はがんばらないといけないと気を張っていたと思います」。だが、東京にあこがれていた娘は、母の反対を押し切って短大卒業後に上京してしまう。

 女優の道を順調に歩み、21年前には息子を出産した。孝子さんは、仕事をしながらの子育てを心配し、大阪から上京して一緒に暮らすようになった。

 ずっと縁が薄かった「めはりずし」の存在感が急に増したのはそのころからだ。

 ご飯が冷めても食べられ、持ち運びにも便利なので、孝子さんは、仕事仲間の分まで重箱に詰めて楽屋に差し入れをしてくれた。夜食用に作り置きもしてあった。

 「晩年は、肺気腫(きしゅ)を患っていたのですが、自宅療養中に酸素ボンベを付けたままの母が、作ってくれたこともあります。いつの間にか、母の手料理の中で、食べる回数がいちばん多くなっていました」

 そんな「めはりずし」を「作ってよ」とねだることはあったが、「おいしい」とほめたことは余りない。「そんなに、おしょうゆつけちゃダメだよ」などと、文句ばかり言っていたと振り返る。

 「母と娘の会話ってそんなものでしょう。半分、わがまま。甘えていたのかな」

 今では、紀州から高菜漬けを樽(たる)で取り寄せて、自分で作るようになった。

 しょうゆの量も味も「文句を言っていた母の『めはりずし』とおんなじ」になっている。そして、葉っぱをかみ切ろうとすると、母の「目ぇ張って口張って……」の声が聞こえてくる。

 その瞬間、自分を支えてくれた母に、わがままが今も言える気がするのだ。だからまた作りたくなる。(鳥越恭)

 まんだ・ひさこ 女優。1958年、大阪府生まれ。19歳でミス・ユニバース日本代表。80年、NHK朝のテレビ小説「なっちゃんの写真館」で女優デビュー。今秋放送の日本テレビ系「ドラマスペシャル 課長 島耕作2」、来年公開の映画「旭山動物園物語」などに出演。著書に「萬田久子の感じる着物」など。

2008年9月2日  読売新聞)
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