「ハンバーガー」 岡田斗司夫さん減量後も大好物漫画やゲームに詳しい「オタク」の第一人者らしく、大好物となる食べ物と出会ったのは、アニメの画面上だった。 小学生の時、テレビで欠かさず見ていたアメリカの人気アニメ番組「ポパイ」。主人公が食べると無敵になる缶詰のホウレンソウではなく、脇役のウィンピーがいつも口にしていた丸いどら焼きのような形の食べ物。番組では「ハンバーガー」と呼んでいた。 昭和40年代前半の話。子どもだった本人はもちろん、母親も聞いたことのない料理の名前だった。映像から勝手に推測し、スーパーなどで出回り始めていた魚肉ハンバーグを食パンで挟んで食べてみた。「なんだ、こんなものか」。それが食後の第一印象だった。 「こんなものではない」と、本物のハンバーガーの味を知ったのは、中学生になってから。新しいもの好きの父に連れられ、大阪・心斎橋に開店したばかりのファストフード店で、ハンバーガーとオレンジジュースを注文した。 紙に包まれて出されたことにまず驚いた。当時、そんな食べ物はなかったから。そして、おにぎりと同じように手で持って食べるというスタイルも衝撃的だった。「目や耳、鼻だけでなく、手触りでも味わえる。それがおいしさを一層、引き立てた気がします」 パンと肉、ケチャップなどが複雑に絡み合った味も、和食にはないものだった。シェークやフライドポテトといったサイドメニューを含め、あこがれのアメリカ文化を体感できる食べ物として、以来、なくてはならないものとなった。 仕事を始め、自由に使える金ができた20歳代前半は「三つのチェーン店を日替わりで通い、毎日食べた」ほど、ハンバーガーが食生活の中心になった。会社を興したり、東京大学で「オタク学」を講義したりして、有名になってからも、ハンバーガーはいつも傍らにあった。気がつけば、体重は120キロ近くまで増え、ボッテリしたシルエットが、トレードマークにもなった。 2007年。食べた料理とその量、日時を丹念に記録し続け、1年間で体重を50キロ落とし、世間を仰天させた。名付けて「レコーディングダイエット」。記録し続けることで、空腹でないのに漫然と食事をしていたり、高カロリーの料理をわざわざ選んでいたりすることに気づき、食生活が自然と改善されたという。 この記録にハンバーガーも登場する。ただし、食べた量は以前の8分の1。「ハンバーガーを包丁で8等分にし、そのうちの一つだけを、じっくり味わうんです。おいしさは最初の一口でわかりますから」 ダイエットに成功した今でも、ハンバーガー好きの生活は変わらない。長崎・佐世保や神奈川・横須賀、福岡・博多……。「最近はご当地バーガーも続々出ているし、パン屋でもその店独自のハンバーガーを売っている。それらを全種類食べたい」と夢を膨らませる。「世の中に、自分の知らないハンバーガーがあるのがくやしいんですよ」と、マニアックなこだわりもある。 おかだ・としお 作家・評論家。1958年、大阪府生まれ。アニメ・ゲーム製作会社社長を経て著作活動に。著書「いつまでもデブと思うなよ」がベストセラーに。近著に「オタクアミーゴスの逆襲」(共著)など。大阪芸術大学客員教授も務めている。 (2009年6月2日 読売新聞)
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