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南島原市(長崎) 信仰と「国際港」の痕跡

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南島原が「国際港」であった名残が、口之津歴史民俗資料館には多数残されている

 南島原市西有家町の同市役所前。褐色に日焼けしたグラスファイバー製の大男が、のんびりと座っている。その名前は「みそ五郎」。

▽朝起きたら雲仙岳に腰掛けて、有明海で顔を洗う。

▽とにかくみそが大好きで、1日に4斗(72リットル)もなめる。

▽嵐の日、沖に流された何隻もの船を、引っ張って陸に揚げた――。

 「みそは未曽有、五郎は御霊が転じたものでしょうか。この地方の神様みたいなもんですね」と同市商工観光課の嶋田惣二郎課長。「未曽有の御霊」なら、「古今東西比べもののない力のある精霊」のはずだ。それが「みそ五郎」だと、チリだとかペルーだとか、南米大陸に伝わる民話・伝説の主人公を思わせる、おおらかでユーモラスな雰囲気がある。

 南米と島原半島、遠く離れた二つの地に共通することは、16世紀に西欧文明とふれあい、急激にキリスト教が広まったことだ。半島の南端、南島原市の口之津町あたりは「天然の良港だった」と口之津歴史民俗資料館の原田建夫館長はいう。

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島原の乱で天草四郎らが立てこもった原城の跡には、だれが置いたか十字架を掲げた石像もある

 「長崎が開港する4年前、1567年にはポルトガル船が口之津に入港していたほど。西洋風の神学校セミナリヨも作られて、キリスト教布教の拠点にもなっていた。ここで学んだ4人が天正遣欧少年使節団として、ローマまで旅してきたんです」

 市内にはローマ字の碑文が刻まれた吉利支丹墓碑があり、加津佐図書館には少年使節が持ち帰ったというグーテンベルク式活版印刷機の複製もある。有馬晴信のもと領民こぞってキリスト教へ改宗したという、この地で開いた華やかな文化。だが、その痕跡は、わずかしか残っていない。天草四郎時貞を盟主に抱いた「島原の乱」で原城に立てこもった3万人以上の老若男女が殺され、この地は荒野と化したのだ。

 「41ヘクタール、東京ドームの約10倍もあった原城は、日暮城の別名を持つ美しい城だったそうです。幕府軍が撃った鉛の弾丸を溶かして作った十字架や聖母マリアらを描いたメダイ(メダル)など、現在も続く発掘作業では、信仰の深さを物語る様々な証拠が出土しています」というのは、原城跡観光ガイドの会の内山哲利会長だ。

 チリ南部のチロエ島に作られた教会群は、土着性を残したユニークな建築物として、世界遺産に登録されている。原城跡を含む長崎県内のキリスト教関連遺産も今、同じものへの登録活動を展開しているところだ。同じ時代、西洋文化と同じように触れ合ったはずなのに、南米と日本では大きく明暗が分かれてしまった。

 原城跡の公園から、海を挟んだ天草を望む。がけの上には、十字架を持った宣教師のような石像がある。「だれがいつ置いたのか、分からないんですよ」と内山会長。石像の視線の先には、圧政に耐えかねて島原と天草の民が一揆について話し合った「談合島」の姿があった。

■アクセス

 羽田から長崎空港まで航路で2時間弱。空港から南島原市内まで、バスを乗り継いで約2時間。

■名物

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 島原市と南島原市の名物は、山菜などをふんだんに使った「具雑煮」=写真=。南島原名産のそうめんに様々な具を入れた「具そうめん」もこの地方の名物だ。


■お土産

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 雲仙を背後に抱え、有明海に面する南島原市は、お土産もよりどりみどり=写真=。煮干しいりこ(160グラム入り370円)、びわゼリー(3個入りで550円)、ざぼん漬(250グラム入り550円)など、海の幸、山の幸ともに豊かだ。

■問い合わせ

 南島原市商工観光課=(電)050・3381・5000(代表)。

2009年5月27日  読売新聞)
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