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「コメ先物」不認可決定へ

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コメ商品先物の認可見送りに反発を強める 東京穀物商品取引所(東京・日本橋蛎殻町で)

農水省、農協に配慮?

 東京穀物商品取引所と関西商品取引所が申請していたコメ商品先物の上場について、農林水産省は4月中にも認可しない方針を正式に決める。

 コメ価格が乱高下する恐れのほか、価格の維持のために行っている生産調整や、世界貿易機関(WTO)農業交渉への影響が避けられないと判断したためだ。しかし、両取引所は強く反発しており、農水省には不認可決定についての説明責任が求められる。(渡辺達也)

狙 い

 先物は、3か月や半年先など一定期間後に売買する価格と量をあらかじめ約束する取引。株式や石油、金属、農産物など、種類はさまざまだ。

 コメ先物取引の最大の狙いは、豊作や不作などによる価格の変動が販売業者や農家に与える損失を小さくするリスクヘッジ(危険回避)にある。

 例えば、販売業者が春に「今年は凶作によるコメ不足で、価格が上がりそうだ」と予想すれば、収穫時期の先物に現在の価格で「買い」を入れておく。予想通りの凶作で秋になって値上がりすれば、先物で確保した分はコメを安く仕入れることができて、仕入れ価格上昇によるもうけの減少をカバーできる。逆に農家が「豊作で価格が下がる」と予想した場合などには、先物に「売り」を出しておけば、実際に値段が下がった時でも、その時の相場より高い価格で売ることができる。

 卸売業者、小売り、外食業者や大規模農家などの多くは、価格変動の危険を避けて、安定的な収入を見込めるようになるとして、先物取引の導入に前向きだ。

 市場の自由な取引で透明性の高い指標価格が決まり、農家や販売業者の経営判断の助けにもなる。

懸 念

 ただ、先物は思惑による投機的な資金の動きで価格が乱高下する場合もある。実際にバブル崩壊後の株式市場では、先物の下げが現物株の下げを誘発し「しっぽ(先物)が胴体(現物株)を振り回している」などと指摘されたこともある。

 全国農業協同組合中央会(全中)は「投機的な価格変動が起きて生産現場に混乱をもたらす」として強硬に反対した。

 さらに農水省はコメ先物を認めない理由を「現時点では生産調整の円滑な推進に著しい支障を及ぼす恐れがある」と説明する。農水省は、供給過剰なコメの価格維持のために、コメの生産を計画的に抑制している。農協などは、作付け段階で先物価格が上昇すると、農家は生産量を減らす生産調整への参加意欲がそがれる、などと強く反対。農水省もこうした農協などの意見をほぼ取り入れた形だ。

 また、中川農相は「WTO農業交渉や農政改革の最中で、(上場は)タイミングが悪い」とも述べている。WTO農業交渉ではコメなどの重要品目の扱いが焦点で、コメの関税引き下げなど生産者にとって不利益な結果となる可能性もある。ある政府関係者はコメ先物導入の見送りに関して、「WTOなどで農業を巡る環境が一段と厳しくなるので、農水省は農協に配慮せざるを得なかったのだろう」と解説する。

再申請も

 農水省は4月中に両取引所に不認可を正式に通知する方針だ。ただ、両取引所にとって、コメ先物取引は新しい投資家を呼び込む絶好の機会で、簡単にはあきらめ切れない。

 7日の農水省による意見聴取で、関西商品取引所は生産調整に悪影響を及ぼす明白な証拠はなく「不認可の合理的な理由がない」と反論。東京穀物商品取引所も「先物は将来の価格情報や、価格変動に伴う危機回避を提供する役割を担う」と必要性を強調した。両取引所はタイミングを見て再申請する構えだ。農水省のコメ政策が「農業者が自らの判断で生産し主体的に需給調整する姿」を実現する目標とする2010年度までの実現を目指すと見られる。

 中川農相も「コメ先物市場の必要性は否定しない」と述べており、農水省は認可の見送りを正式に決める際には、理由についてさらに分かりやすく、説得力のある説明が求められる。

 幕藩時代に誕生 コメ先物取引

 堂島米会所はコメが全国的に流通する商品となり、大阪が全国のコメの集散地となっていたことから設立された。諸藩の年貢米が換金され、米価の変動リスクをヘッジする場としてコメの円滑な流通に貢献した。

 明治以降も取引所の合併や再編を経て、統一的な市場が確立したものの、太平洋戦争が近づくにつれて、政府による需給調整と価格統制が強化され、1939年にコメ先物取引が全廃となった。戦後、各地で豆や砂糖などの先物取引は始まったが、コメは再開されず、現在に至っている。

 世界では1994年にシカゴ商品取引所、2004年にはタイの農業商品先物取引所でコメ先物を扱っているが、活発ではない。

 日本のコメ取引の歴史

 1730年 大阪・堂島米会所でコメの先物取引始まる

 1908年 コメ以外の農作物を扱う総合商品取引所として「東京米穀商品取引所」に再編

 1921年 コメの数量調整を図る「米穀法」が制定、コメ取引は間接統制に

 1939年 戦時下の経済統制でコメ先物取引全廃

 1942年 食糧管理法が制定

 1995年 食糧法施行。コメの流通規制が大幅に緩和

 2004年 改正食糧法施行。コメの流通がほぼ自由化

 2005年12月 東京穀物商品取引所と関西商品取引所がコメ先物の上場を申請

 2006年3月 中川農相がコメ先物上場の不認可を表明

2006年4月11日  読売新聞)
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