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    箱根への道

    【箱根への道】「駅伝は強くなるための手段」東海大・両角監督の指導哲学

    • 関(右端)ら「黄金世代」を軸に出雲駅伝を制した東海大の両角監督(左端)
      関(右端)ら「黄金世代」を軸に出雲駅伝を制した東海大の両角監督(左端)
    • 高島平ロードレース20キロを制した川端(左)をたたえる両角監督
      高島平ロードレース20キロを制した川端(左)をたたえる両角監督

     今季の学生3大駅伝開幕戦、出雲駅伝(9日)は東海大が10年ぶり4度目の優勝を飾った。2011年に就任した両角(もろずみ)(はやし)監督(51)は多くの好選手を呼び込む勧誘活動と、順調に伸ばす育成力でチームを成長させている。08年に長野・佐久長聖高の監督として全国高校駅伝制覇。高校と大学の“2階級制覇”を果たした名将も、かつては「趣味・ディスコ」という普通の学生だった。両角監督の指導哲学や、人となりに迫った。

     指導者としての原点は1995年に遡る。佐久長聖高に体育教師として赴任。同時に駅伝部を任された両角監督は、自らブルドーザーを操縦してクロスカントリーコースを整備するなど、熱心な指導で全国有数の強豪校に育て上げた。98年に全国高校駅伝初出場。2008年には日本一に輝いた。その時に記録した2時間2分18秒は、外国人留学生を含まないチームとして歴代最高。現在も破られていない。

     箱根駅伝コースの一部の神奈川・平塚市にメインキャンパスを構える東海大にとって、箱根路初制覇は長年の悲願。OBの切り札として11年に東海大監督に招聘(しょうへい)された。就任7年目の今季、出雲駅伝で大学指導者として初タイトルを手にした。監督として全国高校駅伝と学生3大駅伝の“2階級制覇”は公式記録が残る限り、初の快挙だ。

     「高校生には、まず自分で考えるという型を教えた。この練習にはどういう意味があるか、どのような目的で臨むべきか、など考える習慣を身につけさせた。大学生は、自分で考えることは当たり前。自立と自律を基本としています。高校、大学の指導で共通することは駅伝はゴールではないということ。世界を意識したスケールの大きな選手を育てたい」

     哲学は教え子に浸透している。佐久長聖高出身では佐藤悠基(30)=日清食品グループ=が12年ロンドン五輪、大迫傑(26)=ナイキ・オレゴン・プロジェクトチーム=が16年リオ五輪に出場した。

     「目標はあくまで世界。駅伝は日本独特のもので、強くなるための手段。駅伝を終着点にしてしまうと、選手は井の中の(かわず)で終わってしまう」

     足元を見つめることも忘れていない。今季の東海大のチームテーマは「打倒・青学大」。井の中(駅伝)で勝たなければ大海(世界)で勝負できるはずがない、がチームの共通認識となっている。出雲駅伝に続き、全日本大学駅伝(11月5日)、さらには箱根駅伝(来年1月2、3日)を貪欲に勝ちにいくつもりだ。

     「トラックのスピードと勢いで出雲駅伝(6区間45・1キロ)を勝つことができた。全日本大学駅伝(8区間106・8キロ)もいい勝負ができると思う。ただ、箱根駅伝(10区間217・1キロ)は別もの。全日本が終わってから、長い距離を走るための脚をつくり直します」

     昨春、その前年の全国高校駅伝「花の1区」(10キロ)で区間賞を獲得した関颯人(2年)をはじめ、上位6人中5人が入学した。抜群のスカウト術の一つが春休みの恒例行事にある。毎年3月、全国の駅伝強豪高校10校約200人の選手が東海大で合宿し、選手寮や練習施設も見学する。「施設が充実し、科学的な面からも陸上を追求できる」と関は東海大を選んだ。

     「多くの高校生と先生に東海大の良さを知ってもらう。決して汚い手を使っているわけではなく、地道な活動をしている結果です」

     2年目を迎えた「黄金世代」は順調に成長中。両角監督をサポートする西出仁明コーチ(42)の存在も大きい。指揮官は部下となるコーチを「先生」と呼ぶ。

     「勧誘活動のためにチームを留守にすることもありますが、西出先生がいるので安心しています」

     体育学部准教授として高地トレーニングとクロスカントリートレーニングの効果を研究。日本陸上界の発展のために画期的なアイデアを持つ。

     「冬季でも日本国内で高地トレーニングができるようにするため、標高2000メートルの高原に屋内の陸上競技場を造るべき。日本の経済力と建築技術があれば建設可能でしょう」

     堅いイメージが先行するが、硬軟織り交ぜた指導が持ち味。「選手と壁をつくりません」と西出コーチは言う。出雲駅伝の2日前、昨季の3大駅伝全て1区を走った鬼塚翔太(2年)につなぎ区間の4区起用を伝えた時、鬼塚は「僕がそんな楽な区間でいいんですか?」と軽い調子で返した。

     「一丁前のこと言って、それにふさわしい走りをしてくれるんだろうな、と鬼塚にプレッシャーをかけました。ちゃんと、こちらが考えてくれた通りの走りをしましたね」

     首位の青学大から5秒差の3位でタスキを受けた鬼塚は区間賞の快走で首位を奪取。両角監督のプランと鬼塚の走力が完璧に合致し、4区で事実上、勝負は決した。

     1988年12月31日付のスポーツ報知に掲載された第65回箱根駅伝選手紹介の「東海大 両角速」は異彩を放つ。趣味は「ディスコ」。読売新聞が同年発行した箱根駅伝ガイドの趣味欄には「マージャン」とある。東海大同期の新号和政さん(51)は「普通の学生だった」と証言する。

     「ディスコにマージャンか…。意識の低い選手でしたね。マージャンは1年生の時、先輩に無理やり覚えさせられた。ディスコはそんなに多くは行っていませんよ」

     苦笑いする両角監督は人間味にあふれる。これこそが選手を呼び寄せ、伸ばす勝因なのだろう。「東海時代」は確かに近づきつつある。(竹内 達朗)

     ◆両角 速(もろずみ・はやし)

     ▽生年月日 1966年7月5日、51歳。

     ▽出身地 長野・茅野市。

     ▽速 陸上の選手、指導者としてインパクトが強い名前を持つ。「両親の命名は陸上とは関係ありません。母方の祖父の名の速水(はやみ)から1字をもらったと聞いています」

     ▽競技歴 小学生の時、同郷の伊藤国光さんに憧れ、走り始める。85年、東海大三高から東海大に入学。

     ▽箱根駅伝 1年3区9位、2年3区7位、3年1区7位、4年2区9位。

     ▽社会人選手 89年に東海大卒業後、日産自動車、ダイエーで活動。

     ▽指導者歴 95年に長野・佐久長聖高の監督。2011年に東海大監督に転身。

     ▽スポーツ一家 妻・貴子さん(50)は元スピードスケート選手。長男・駿さん(24)は佐久長聖高時代、全国レベルのトップランナーで現在は東海大コーチ。次男・優さん(21)は佐久長聖3年時にリリーフエースとして夏の甲子園に出場。現在は立大の学生コーチ。

    ◆異なるカテゴリーで手腕を発揮した主な指導者 1986年全国高校駅伝(男子)で市船橋(千葉)を優勝に導いた小出義雄監督はその後、社会人の指導者に転身。2000年シドニー五輪女子マラソン金の高橋尚子らを育成。実業団のニコニコドーで松野明美らを育てた岡田正裕監督(現拓大)は06年箱根駅伝で亜大を優勝に導いた。西脇工で全国高校駅伝8回優勝の渡辺公二監督は13年に日体大の強化委員長として箱根駅伝Vに貢献。中村清監督は80年代、早大とエスビー食品を率いた。

     ◆今季の東海大 「黄金世代」と呼ばれる2年生が順調に成長し、青学大と2強を形成。出雲駅伝は6区間中5区間を2年生が担い、圧勝した。上級生も負けていない。高島平ロード20キロ(15日)では川端千都(4年)が最強市民ランナーの川内優輝(埼玉県庁)に競り勝ち、59分30秒で優勝。「全日本大学駅伝は(最長19・7キロの)アンカーを走るつもりです」。出雲で上級生として唯一、Vメンバーとなった三上嵩斗(3年)は、「全日本、箱根は上級生の力で勝ちます」。

    (スポーツ報知)

    2017年10月25日 15時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun