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    義仲決戦前に必勝祈願

    • 加賀藩主前田家の寄進による拝殿・本殿などは国の重要文化財に指定されている
      加賀藩主前田家の寄進による拝殿・本殿などは国の重要文化財に指定されている
    • 境内に立つ源義仲像
      境内に立つ源義仲像

    「平家物語」埴生護国八幡宮(小矢部市)

     なんて、りりしいお姿……。埴生護国八幡宮の境内に立つ、源義仲(木曽義仲)像をうっとりと見上げる。義仲びいきの私としては、彼がここにいたと思うだけで胸が高鳴ってくる。

     木曾は八幡の社領、埴生の荘に陣とつて、四方をきつと見まはせば、夏山の峰の緑の木の間より、朱の玉垣ほの見えて、かたそぎづくりの社壇あり(新潮日本古典集成「平家物語」より)

     平家討伐の旗を揚げ、北陸道から京を目指す義仲。対する平家は加賀と越中の境に7万、能登と越中の境に3万の大軍を配する。決戦を控え、義仲が必勝祈願をしたのが、この八幡宮だ。季節もちょうど今ごろ。緑まぶしい夏木立のなか、神前にぬかずく彼の姿が目に浮かぶ。

     倶利伽羅峠で平家の大軍を破った義仲は、破竹の勢いで京へ進撃、ついに平家は都落ちすることになる。義仲を勝利に導いた霊験あらたかな神社として平家物語にも名を残すこの八幡宮は、武田信玄を始めとする戦国武将もあつく信仰したという。江戸時代には加賀藩主の祈願社となり、前田家の寄進で建てられた本殿・釣殿・拝殿・幣殿は国の重要文化財に指定されている。

     八幡宮に隣接する「倶利伽羅源平の郷 埴生口」では、倶利伽羅峠の歴史や合戦の模様をパネル展示などで紹介している。駐車場内には義仲進軍路碑が立ち、ここから倶利伽羅峠への古道が続く。

     倶利伽羅の合戦が、源氏と平家の明暗を分けたといってもいいだろう。ここは、まさにその出発の地。そう思うだけで足が震えてくるのだ。

     ★「平家物語」

     鎌倉時代に成立したとされる軍記物語。平家一門の栄華と没落・滅亡を描く。「祇園精舎の鐘の声」の有名な冒頭を始め、七五調、和漢混交文を織り交ぜた流麗な名文として広く知られる。琵琶法師によって語られ、軍記物語・謡曲など後代文学に大きな影響を及ぼした。

    2017年06月02日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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