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    かつての木材一大集散地

    「山の魂」 庄川水記念公園(砺波市)

    • かつて庄川を利用して運ばれた木材は、用水から貯木場へと送られた
      かつて庄川を利用して運ばれた木材は、用水から貯木場へと送られた
    • 堰堤そばには流木運送設備の一部、チェーンコンベヤーがいまも残る
      堰堤そばには流木運送設備の一部、チェーンコンベヤーがいまも残る

     いやあ、知らなかった。庄川を利用して、そんなに大量の木材が運ばれていたとは。庄川水記念公園内の「庄川水資料館」で流木についての展示を見て、このあたりが木材の一大集散地であったと初めて知った。

     五箇山や飛騨山地で切り出された木材は庄川の流れを利用して運ばれ、庄川地区は貯木場としてにぎわった。最盛期、青島貯木場には年間10万~20万本が流し込まれたという。

     木材に恵まれた庄川地区では木工品が発展し、庄川挽物ひきもの木地は国の伝統的工芸品に指定されている。夏の庄川水まつりを盛り上げる「流木乗り選手権」は、かつての流送作業を再現したものだ。清流の里は、木とも深い関わりがあったのだ。

     庄川の流木が危機を迎えたのが、小牧ダムの建設計画だ。流木ができなくなると木材業者が県を相手に訴訟を起こした「庄川流木事件」は、1926年から約8年も続く争いとなった。三島由紀夫の「山の魂」は、この事件を題材にした短編だ。

     「水資料館」には流木事件のコーナーもある。最も驚いたのは、小牧ダム建設の前提条件として木材運送設備が設置されていたことだ。木材が堰堤えんていを越えて運ばれていたなんて! しかも、設備の一部であるチェーンコンベヤーは現在でも残っているというではないか。これは、ダムまで行って確かめずにはいられない。

     満々と水をたたえる小牧ダムは、30年の完成時、東洋一の高さを誇った。国道側からチェーンコンベヤーが確かに見える。古びた装置は、流木の歴史と長く続いた争いを物語る証言者だ。 

     

     ★「山の魂」

     庄川流木事件を題材にした三島由紀夫の短編。補償問題の先頭に立つ木材屋や黒幕となる利権者をからめ、日本の近代化の一面を描く。1955年に雑誌発表。文庫本では短編集「鍵のかかる部屋」(新潮文庫)に収録されている。

    フリーライター  沢田 香織

    2017年09月01日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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