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    「破砕帯」苦闘に思いはせ

    「黒部の太陽」 黒部ダム(立山町)

    • 日本一の高さを誇る黒部ダム。困難を伴うその建設は「世紀の大工事」と言われた
      日本一の高さを誇る黒部ダム。困難を伴うその建設は「世紀の大工事」と言われた
    • 殉職者慰霊碑。黒部ダム建設で命を落とした171人の名前がプレートに刻まれている
      殉職者慰霊碑。黒部ダム建設で命を落とした171人の名前がプレートに刻まれている

     長野県大町市の扇沢駅から関電トンネルトロリーバスに乗り、わくわくしながらトンネルを見つめた。扇沢側から黒部ダムへ行くのは、これが初めて。「黒部の太陽」を読んで以来、関電トンネルを通ってみたいと思っていたのだ。

     「世紀の大工事」と言われた“くろよん”建設最大の難所が、大町トンネル(現関電トンネル)の掘削だった。軟弱な地層「破砕帯」にぶつかり、大量の土砂と毎秒660リットルもの水が噴出。工事は暗礁に乗り上げる。その「破砕帯」をこれから通過するのだ。

     トンネルの前方に青い光が見えてくる。破砕帯区間を示すサインだ。車窓に目をこらすが、バスはたちまち通り抜けていく。これだけの距離を掘るために、7か月もかかったのか。小説の半ばを占める破砕帯との苦闘を思うと、80メートルはあっけないほど短い。

     破砕帯を過ぎると、まもなく富山県に入る。やがて見えてきた「貫通点」の表示に、小説の感動がよみがえる。

     ポッカリ穴があいて、その瞬間、冷たい風が吹き抜けて通った。信州側から初めて触れる、それは黒部の風だった。(「黒部の太陽」新装版 新潮社)

     乗車約16分で黒部ダムに到着。観光放水の大迫力に目をみはり、日本一を誇る186メートルの高さに息をのむ。よくぞ、こんなものを造ったと、ただ驚嘆するばかりだ。

     総工費513億円、7年の歳月をかけ、1963年に完成した“くろよん”。延べ1000万人の人々を突き動かしたのは、電力がなくては日本経済の成長はないという使命感だ。満々とたたえた水に、ほとばしる放水に、いまもその熱い思いがたぎっている。

     

     ★「黒部の太陽」

     木本正次の記録小説。電力不足解消のため黒部ダム建設が計画されるが、物資輸送の大動脈となる大町トンネル掘削中に破砕帯に遭遇。想像を絶する難工事に立ち向かう男たちの闘いを描く。1964年に新聞連載ののち、加筆して書籍化。68年、三船敏郎、石原裕次郎共演で映画化された。

    フリーライター  沢田 香織

    2017年10月06日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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