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    「おくのほそ道」2人の旅姿

    「曾良旅日記」なめりかわ宿場回廊(滑川市)

    • 芭蕉たちが泊まったとされる「川瀬屋」跡。曾良旅日記の一文が碑に刻まれている
      芭蕉たちが泊まったとされる「川瀬屋」跡。曾良旅日記の一文が碑に刻まれている
    • 滑川本陣跡。およそ6000平方メートルの敷地に格式ある屋敷があったとされる
      滑川本陣跡。およそ6000平方メートルの敷地に格式ある屋敷があったとされる

     手元にある岩波文庫の「おくのほそ道」には、芭蕉に随行した河合曾良の旅日記も合わせて収録されている。事実を淡々と連ねるだけなのだが、これが意外とおもしろい。

     たとえば、「おくのほそ道」では新潟県市振をったあと、「数しらぬ川をわたりて」現在の新湊漁港のあたり「那古」に着いたとだけ記されている。市振から新湊まで一足飛びだ。一方、曾良の日記では境で加賀の番所を通ったことや、入善では馬がないため人をやとって川を渡ったなど、2人の旅する姿がありありと浮かんでくるのだ。

     いくつもの川に苦労し、暑さに悩まされながら、ようよう着いたのが滑川の宿。日記には「滑河ニ着、宿」とある。市振から約40キロの道のりを1日で進んでいるから驚きだ。

     いやあ、お疲れさまです。2人が宿泊したと考えられる「川瀬屋」の跡に立つと、自然とそんな言葉がこぼれる。かつての宿場町一帯には、旧跡などをめぐる散策コース「なめりかわ宿場回廊」があり、「川瀬屋」跡も紹介されている。古地図や歴史を記した案内板が随所にあり、現在の町並みと比べながら歩くのも楽しい。

     いまは公園となっている本陣跡には、6000平方メートルの敷地に格式ある屋敷が構えられていたという。立派な屋敷を芭蕉たちも横目に見たことだろう。加賀藩の年貢米を積み出す物資の集散地としてにぎわった橋場には、旅籠はたご、商家が軒を連ね、藩の高札場もあったとされる。2人もここを通ったに違いない。

     往時をしのばせる古い町並みを歩くと、芭蕉たちの後ろ姿が見えてくるようだ。

     

     ★「曾良旅日記」

     芭蕉の旅に随行した弟子・河合曾良が記した記録。日付や時刻、天候、地名などが詳細に記されている。「随行日記」「曾良日記」などともいう。

    フリーライター  沢田 香織

    2018年03月16日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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