隅田川 黒い水、くさい風 まさに“流れる便所”
昭和34年(1959年)5月14日 朝刊
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「都市のカルテ」 東京(2)隅田川
東京を北から南へ二分して流れる隅田川は江戸の昔から東京を語るには忘れられない存在だ。しかしその隅田川もいまはよごれはてている。東京の数多い川が人口の増加とともに日一日と汚染され、ドブ川になりはてていく。パリでもロンドンでも外国の河川が都市とともに生きているのに、東京の川はもう過去の思い出しかもたない死んだ川になっていくのだろうか。
「都市のカルテ」は国内の主な都市が抱える問題点を指摘し、解決策を探った連載である。見出しがストレートだ。ほかの回でも「横浜 復興忘れた“斜陽都市”」だの「新潟 地盤沈下の“世界記録”」だの、関係者が怒り出しそうなほどきつい。それにしても、隅田川の当時の汚さといったらなかった。総武線の電車が川に近づくと、乗客が一斉に窓を閉めたのを筆者もよく覚えている。川沿いの家では硫化水素ガスで金具がさびた。ただ、水質が一時期ひどかったことはセーヌ川にしろテムズ川にしろ変わらない。隅田川も、再び東京とともに生きていくのに、この後しばらく時間を要した。
(2012年2月7日 読売新聞)
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