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[交差点]将棋

 東京・千駄ヶ谷の将棋会館で11月6日行われた瀬川晶司さん(35)のプロ編入試験六番勝負第5局。開始前から20社以上の報道陣が18畳の対局室に詰めかけ、異様な雰囲気だった。

 対局相手の高野秀行五段(33)の気持ちは揺れていた。棋士の養成機関「奨励会」で三段まで昇りながら、「26歳までに四段」という年齢制限で退会した瀬川さんとは同期入会。高野五段は25歳、ぎりぎりで四段になった。才能はどちらも変わらない。運命の糸が少し違えば逆の立場でもおかしくなかった。

 今回はアマの夢を阻止しようかという敵役。「負けろ」という手紙が自宅に届き、「自分の勝負なのか、将棋連盟としての勝負なのか。勝つ意味は何か」と悩んだこともある。

 「普通の勝負じゃない」と分かっていたが、上座に着き、駒を並べる指が震え、升目に入れるのがやっとだった。将棋を覚えてから初めての経験だった。

 それでも初手を指し、報道陣が退室すると盤上に集中した。大駒が派手に飛び交う空中戦。終盤チャンスが訪れた。しかし、「プロ代表」という肩書は、手堅く見えて、結果的に甘い手を選ばせた。

 「言い訳しても仕方ないが、自分のための将棋なら踏み込めた」

 優位に立った瀬川さんは安全策を選ぶ気配が全くなかった。人生をかけたアマの迫力はプロを圧倒した。

 午後5時51分。静かに駒を投じた高野五段は、背後からフラッシュをたかれる屈辱に黙って耐えた。

 瀬川さんとともに臨んだ会見で、「プロとして責任を感じるが、全力を尽くした結果。悔いはない」とはっきり言った。強がりでも言い訳でもなく、それがすべてだった。

 対局から1週間が過ぎたころ。「3人しかいなかった同期のプロが1人増えてうれしい」と、瀬川プロの誕生を素直に喜べるようになった。

 「ついこの前までは僕が『高野先生』と呼ばれる立場だった。でも、これからは、昔のように『高野君』『せがちゃん』と呼び合えるのかな」。旧友との再会を心待ちにしている。(西条耕一)

2005年12月2日  読売新聞)
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