class warfare なぜアメリカで「階級闘争」なのか
アメリカの大統領が年始めに施政方針を表明する一般教書演説。今年は1月24日に行われましたが、オバマ大統領がこの演説で触れた class warfare(階級闘争)という言葉が議論を呼んでいます。
オバマ大統領は今年の一般教書演説で、まず次のように訴えました。
「年間所得が100万ドル(約7600万円)を超える人はその30%以上を納税すべきだ」
「全体の98%を占める年間所得25万ドル(約1900万円)未満の世帯は増税すべきではない」
米国の大富豪の多くはキャピタルゲイン(株式や債券などの売却益)や配当が収入の大半を占めています。ところが、こうした収入に対する税率は上限15%とそれほど高くないため、金持ちの税率が庶民の税率より低くなるケースも出てきます。
大統領はこうした税制は不公平であり、高額所得者の税率を上げる必要がある、と主張したわけです。
問題の class warfare(階級闘争)という言葉が持ち出されたのはこの後です。
You can call this class warfare all you want. But asking a billionaire to pay at least as much as his secretary in taxes? Most Americans would call that common sense.
こうした政策を階級闘争と呼びたいなら呼べばいい。しかし、億万長者に少なくとも秘書と同率の税金を納めるように求めることは階級闘争と呼べるだろうか。大半のアメリカ人はそれを常識と呼ぶはずだ。
(文中の all you want は「好きなだけ」「やりたいだけ」「心ゆくまで」というほどの意味の副詞句です)
「階級闘争」はもともと共和党の保守派が「大統領の増税案は富裕層をねらい撃ちするものだ」と批判する際に使ってきた言葉です。大統領は「富裕層」と「それ以外の国民」という二つの階級の対立をあおっているというわけです。
今年の一般教書演説はこうした批判に真っ向から反論する形になりました。のみならず「階級闘争と呼びたいなら呼べばいい」という部分は単なる反論というより、挑発になっています。AFP通信がこの演説を combative and populist(好戦的かつポピュリズム的)と評したのもうなずけます。4年前に「一つのアメリカ」を掲げて大統領に就任したころの融和路線と比べると、ずいぶん様変わりしたものです。
こうした強気の姿勢の背景には、格差拡大への不満を募らせる多くの国民は、大統領の主張を支持してくれるはずだという計算もあったのでしょう。
一方、共和党側は当然のごとく反発しました。
前回の大統領選の共和党候補だったジョン・マケイン上院議員は皮肉を込めて批判しました。
I think it was a great campaign speech, obviously stoking the class warfare issue.
一般教書演説は階級闘争をめぐる論争をあおる、ご立派な選挙演説だったと思う。
今回の大統領選で共和党候補選びのトップを走る大富豪のミット・ロムニー氏も、オバマ演説について、一般大衆の嫉妬心をあおる the politics of envy(ねたみの政治)と非難しました。
こうした批判に対し、オバマ大統領は「富裕層の増税は階級闘争でなく、常識だ」と改めて反論したうえで、こう訴えています。
Nobody envies rich people. Everybody wants to be rich. The question is, are we creating opportunity for everybody.
誰も豊かな人たちをねたんだりはしない。誰もが豊かになりたいと思っている。問題は、私たちがすべての人に(豊かになるための)機会をつくりだしているかどうかだ。
「階級闘争」はもともとマルクス主義の基本概念です。マルクスとエンゲルスが著した「共産党宣言」(1848年)は「すべての社会の歴史は階級闘争の歴史である」と規定しました。この有名な一節に出てくる「階級闘争」は資本家と労働者の対立であり、現在の世界で議論されている階級とはずいぶん性質が違います。
それにしても、主要先進国の中で共産主義も社会主義もほとんど力を持ち得ず、階級を話題にすることが一種のタブーにもなってきたアメリカという国で、「階級闘争」をめぐる論争が起き、大統領の一般教書演説でも言及されることは、一つの事件と言ってもいいのかもしれません。
その背景には、格差の問題がアメリカ社会を揺さぶるほど深刻になりつつある現実があります。
いずれにしても「階級闘争」をめぐる論争は今後も続きそうです。11月の大統領選の大きなテーマの一つになることは間違いないでしょう。
| 筆者プロフィル | |
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大塚 隆一
1954年生まれ。長野県出身。1981年に読売新聞社に入社し、浦和支局、科学部、ジュネーブ支局、ニューヨーク支局長、アメリカ総局長、国際部長などを経て2009年から編集委員。国際関係や科学技術、IT、環境、核問題などを担当
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