"人柄"を感じさせる国語辞書
調査研究本部主任研究員 永井一顕
それは、三省堂の「新明解国語辞典」である。駆け出し記者のころから愛用し続け、版が改まるごとに新版を買い求めている。
どこがそれほど気に入っているのか。使いすぎてボロボロになった第4版から、「動物園」などの項を引いてお目にかけよう。
【動物園】生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設。
う〜ん、言われてみればその通りかもしれないが、辞書がそこまで言うものだろうか。
【実社会】を引くと「実際の社会」の後に〔美化・様式化されたものとは違って複雑で、虚偽と欺瞞とが充満し、毎日が試練の連続であると言える、きびしい社会を指す〕とある。
【女】の語釈(1)は「人間のうち、雌としての性器官・性機能を持つ方」だが、(2)の「一人前に成熟した女性」を〔やさしい心根や優柔不断や決断力の乏しさがからまり存する一方で、強い粘りと包容力を持つ〕と補足する(ちなみに第2版ではこの部分、〔狭義では、気が弱く、心のやさしい、決断力に欠けた消極的な性質の人を指す〕となっていた)。
魚の説明が妙に詳しい。というか、ひとこと多い。
【あこう鯛】〔赤魚の意〕タイに似た深海魚。顔はいかついが、うまい。
【秋味】〔北海道方言〕秋に産卵のために川をのぼって来るサケ。美味。
女に厳しい、金がない、魚が好きで、苦労人。作家の赤瀬川原平さんが15年前に著した「新解さんの謎」と、それを書くように勧めた元編集者・夏石鈴子さんの文章は、この個性的な辞書の不思議な魅力を明解に説いて余すところがなかった。
<本辞書が個性的であると言われる、その個性は、主幹 山田忠雄の資質から生まれたものである>と、第5版の序で編集委員会代表・柴田武さんが記している。<その主幹をわれわれは昨年(一九九六年)二月に失ってしまった。船頭がいなくなった舟の中にとり残されたわれわれは、どうすべきか茫然とした>と。記者も取材したことのある柴田さんも今は故人だが……。
本紙日曜版の隔週企画「言葉を食べる」で、しばしば新解さんを援用するからだろう、ウオッチしてくれているらしい夏石さんから最近「12月1日に『新解さん』の第7版が出るそうですよ」と知らせてもらった。三省堂のホームページによると、「就活」「食育」などの新語を含む約1000項目が追加されるほか、さまざまな工夫が試みられているらしい。
「動物園」に代表される元主幹の強烈な"主張"は、残念ながら版を重ねるにつれて弱まってきた。が、「船頭」がいなくなっても、その「魂」は残るのが辞書というものだと思う。わが新解さんが7版でどんな名解釈を披露してくれるのか、今は楽しみでならない。
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