現在位置は です

本文です

江戸の町にB級グルメはあった?

そばや天ぷら、すしも屋台出身のB級グルメ

 江戸の四大グルメといわれた、うなぎ、そば、天ぷら、すし。

 これらは元々、町の屋台で売られたものでした。つまり、B級グルメの出身だったのです。

 うなぎは、万葉集にも登場する、古くからの食べ物です。江戸の初期には、うなぎを丸ごと串刺しにして、火であぶったものを屋台で売っていました。脂っこくて、まずいのですが、「精がつくから」と主に肉体労働に従事する人たちが食べていました。

 それが、江戸中期に「蒲(かば)焼き」という調理法が考案され、さらに「土用の丑(うし)の日」(平賀源内の発案と言われていますが、確証はありません)が定着したため、爆発的に普及したのです。B級屋台を卒業して、特Aクラスのうなぎ専門店へ。文字通り、うなぎ登りの出世です。

 落語の「時そば」に登場するのは、そばの屋台です。二八の16文で売っていたので、通称「二八そば」。当時のそば1杯は、現在よりもかなり量が少ないものだったようで、メーンの食事というよりも、おやつ、あるいは間食という位置づけです。大きな商家の奉公人や、夜鷹などが夜中に小腹を満たすのに絶好の軽食でした。

 天ぷらや、すしも、始まりは屋台のメニューでした。揚げたての天ぷらや、目の前でにぎってもらうすしは、気の短い江戸っ子にぴったり。早くて安直なファストフードだったようです。

 ただ、どちらも幕末には、料理店、専門店のメニューに加わり、あっという間に、庶民には手の届かない高級料理になってしまいました。

 江戸のB級グルメは、そのほとんどが、屋台から生まれたものでした。
(編集委員・長井好弘)

2012年2月9日  読売新聞)

質問はこちら

 ピックアップ

トップ


現在位置は です


おすすめPR