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「釜石の奇跡」、どんな出来事があったのですか?

小中学生のほとんど全員が津波から逃れて無事

児童生徒が避難した鵜住居小(左奥)と隣接する釜石東中は3階まで津波が達し、体育館(手前)も崩壊した(2011年3月20日撮影)

 「津波が来るぞ」。ただならぬ激しい揺れが収まると、大声を上げながら最初に走り出したのは、部活動などでグラウンドに出ていた生徒たちだったそうです。

 3月11日午後2時46分、マグニチュード9の巨大地震による激しい揺れで、岩手県の釜石市立釜石東中学校の校内放送は停止したため、「逃げろ」という先生たちの指示は伝わりませんでした。

 しかし、先頭切って駆けだした生徒たちを追うようにして、校内にいた生徒たちも避難場所に指定されていた高台のグループホームを目指して走り出しました。

 隣接する鵜住居(うのすまい)小学校の児童たちも、校舎の中にとどまってはいませんでした。これまで何度も合同避難訓練に取り組んできた中学生たちが高台を目指す姿を見ると、階段を走り降り、校舎を飛び出してその後を追ったのです。

 そして、互いに励まし合いながら、高台を目指して子どもたちが走り去って間もなく、釜石東中、鵜住居小の校舎は津波の直撃を受けました。間一髪だったのです。

 釜石東中、鵜住居小にとどまらず、釜石市内では約3000人の小中学生のほとんどが押し寄せる巨大津波から逃れて無事でした。この「奇跡」を支えたのが、「想定を信じるな」「最善を尽くせ」「率先避難者たれ」の「避難の3原則」。同市で防災教育の指導にあたってきた群馬大学教授の片田敏孝さんが提唱し、小中学校の先生たちと一緒に子どもたちに教え続けてきました。 

 片田教授の元々の専門は土木工学。防災教育と本格的に向き合うきっかけとなったのは、2004年のインド洋津波の被災地調査に参加した時に目の当たりにした光景だったそうです。

 犠牲者約23万人という数字だけでは表すことができない惨禍に戦慄し、思ったそうです。「日本で起きると、大変なことになる」。そして、「子どもたちを決して死なせてはならない」という片田教授と先生たちの思いが、子どもたちの頑張りにつながり、「奇跡」を起こしたのです。

 世界で起きるマグニチュード6以上の地震の約2割が、国土面積が世界の0.25%に過ぎないこの島国に集中しているという現実から、私たちは逃れることはできません。専門家の知恵と知見が、全国にくまなく張り巡らされた教育というパイプを通じて地域に注がれれば、地域の、そして日本列島全体の防災力は、着実に向上していくはずです。

 「奇跡」を起こした教育を、一刻も早く全国に広げ、「奇跡」の「日常化」を図っていかなければなりません。
(編集委員 堀井 宏悦)

2011年12月16日  読売新聞)

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