2002年5月5日(日) 読売新聞日曜版7面
[会いたい!] 映画字幕翻訳家・戸田奈津子さん
「受けた感動 正しく伝える」 外国映画で、さりげなくスクリーンに現れ、私たちが無意識に目で追っていく文字。その「字幕」は、映画の登場人物の肉声を残しながら内容を伝え、背景、ストーリーを理解するのに大きな役割を果たしてくれます。年間で40本以上もの字幕を手がけている字幕翻訳家の第一人者、戸田奈津子さん(65)にインタビューしました。
◆長いせりふを読める字数に縮める大変だがおもしろい
みなさんは、映画の字幕は日本独特の文化だということごぞんじでした? 実は、外国では、みんな吹き替えなんですよ。言葉も文化の一つだという日本人のこだわりが、字幕を根付かせているのです。外国の俳優は、声を含めて演技をしているので、字幕にとても喜んでくれます。
字幕は1秒間に3、4字読むスピードで、だいたい1場面で12、3字までにするように工夫します。英語を習っている人なら、「I met Margaret in San Franciscolastyear」っていう意味わかるでしょう。これを訳すと30字以上。でも入る文字は12字。サンフランシスコっていう地名を入れたら8字。場面の背景がゴールデンゲートだったら、「この町」と3字でしょ。すべてこのように、長いせりふも、読める数に縮める。大変だけどおもしろい仕事です。『ハリー・ポッターと賢者の石』は、封切(ふうき)り10日前にやっとフィルムが届いて、時間がないうえ、みんなが読んでいる作品なので、本のイメージに合わせるのに苦労しました。
私が映画好きになったのは小学5、6年の時。戦後まもなくで、みんながおなかをすかしていたころ、アメリカ映画を初めて見て、ビックリ仰天(ぎょうてん)したの。絵が動くし、外国の景色を目の当たりにしてね。中学で英語を初めて習った時、〈これがあの映画の人たちが話している英語だ。私も勉強したい〉って英語が好きになって。学校でもいい点数を取って、今までより映画の言葉がわかるようになる、というふうに、一生懸命(いっしょうけんめい)英語を学びました。大学時代も、映画館で過ごす時間が多く、卒業近くになって、映画と英語を結びつける仕事として、字幕が職業になるのでは、と思いました。
字幕の仕事が回ってきたのは大学を出て10年たってからでした。でも最初は、まったくうまくいきません。紙の上で訳した字を画面で見ると、全然そぐわない。リズムが合わない。だけど、何でもそうだけど、初めからうまくなるわけがないでしょう。1本担当してやっと1ミリ上達するという感じでした。
字幕翻訳で一番大事なことは、ドラマから受ける感動を正しい形で伝えることだ、といつも考えて、仕事をしています。また日本語の力がとても大事。日本語がもつ独特な表現、その素晴らしさを忘れずに仕事をしていきたいし、みなさんも忘れないでほしいと思います。「英語が苦手」っていう人は、ちょっと工夫をしてほしい。例えば、携帯電話でメールする時、1日1文、英語でメールをしてみれば確実に力が付いてくると思いますよ。私がみなさんに言いたいことは、自分の好きなことを大切にする、ということ。常に自分を中心に置いて、やりたいことがあるならそれをやり通してほしい。他人の言うことをそのまま受け入れるのではなく、決断はあくまで自分でして下さい。自分で決めたことなら、後悔することは決してありません。(中1・伊藤彩、高3・石野麻衣子、濱名未来、山崎奈月記者)
◇プロフィル
東京都出身。津田塾大英文学科卒。保険会社に1年勤務後、字幕翻訳家の清水俊二さんに師事。1970年、「野性の少年」で字幕デビュー。「地獄の黙示録」(80年)が出世作となる。翻訳作品に「ソフィーの選択」「E.T.」「タイタニック」「インディ・ジョーンズ魔宮の伝説」など多数。著書に「字幕の中に人生」(白水社)。
《取材を終えて》
◆夢捨てなかった姿、見習いたい
戸田さんの話を聞いて以来、ついしげしげと字幕を見つめてしまっています。一瞬の言葉に、こんなにも戸田さんのドラマが詰まっていたなんて、驚きでした。やりたくても長い間、仕事が回ってこなかった。私がすごいなあと思ったのは、この時、夢を捨てなかったということです。自分の意志を断固として貫く強さを見習いたいと思いました。「どうすれば字幕を作る人になれるかというルートをよく聞かれるけど、世の中マニュアルじゃないのよ」という言葉にも、ハッとさせられました。長い遠回りの末に今の戸田さんがあります。私たちは気づかないうちに最短距離や効率を考えてしまうことが多い気がします。たどり着く場所が同じなら回り道したっていいじゃないか――そう思うようになった私です。(I・M)
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