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    先の見えない時代だからこそ自分のアタマで考える…出口治明APU学長<5>

    イギリスの幼稚園・小学校教育

    • イングランドの教育の印象を紹介する出口学長
      イングランドの教育の印象を紹介する出口学長

     もう一度、今日頂いたテーマ(「国際化と日本の中等教育について」)に立ち戻ります。僕自身は海外で働いた経験はロンドンの3年間だけです。当時、ロンドンには日本会というのがあり、日本の大企業の代表者が集まっていて、小学校と病院を経営していました。そこへあいさつに行ったら「君は教育担当理事になったから」と言われ、最初はなんのことか分からなかったんですが、大企業の代表者の間で役職を機械的に分担していたんですね。

     教育担当の理事になった以上、少しは勉強しなければならないと、イングランドの教育についてほんの少しかじりました。それで印象に残っていることが二つあります。一つは、幼稚園の教育で何が大事かというと、クラスに園児が30人いるとして、まず最初にすることはお互いに1対1で向き合わせることだそうです。これをクラスの全員と繰り返し繰り返し行う。それで、先生が尋ねるそうです。「同じ人はいましたか」。一卵性双生児でもない限り、みんな違うわけですから、幼稚園の子供たちは「みんな違うと思います」と答えます。その次に先生は、「じゃあ次に、みんなが考えていることは同じですか、違いますか」と聞くんです。そうするとほとんどの生徒は「顔が違うんだから考えてることも違うよね」と答えるんです。そこで先生は「そうですよね。人は一人一人全部違うのだから、自分の感じたことや思ってることを言わなければ相手には分かりませんよね」と教えるのです。それから、「みんな考えの違う人がいるんだから、地下鉄の切符を買うときは並ばなきゃいけないですよね」とも。

     幼稚園では、この二つさえ教えれば十分だと言っているのです。これはすごく大事なことです。全員が違うんだから言わなければ何も伝わらない。違う人たちが社会を作っているんだから、ルールを守らなければいけない。小学校では、低学年では徹底して体を鍛えると言っていました。野山に連れて行く、いろんなところに連れて行く、そういうことで体を鍛えたら、あとはいくら詰め込んでも自分の考えは違うということを言えるんだから何の問題もないということでした。

     印象に残っていることの二つ目は、ロンドンで働いていた友人の話です。この友人には小学6年生くらいのお嬢さんがいました。ある日、予定がキャンセルされたんで早く家に帰り、ポイントを稼ごうと「宿題みてあげるから」と言ったらしいんですよ。そのときの宿題は、イングランドの中世農村のことを書いた三つの記録についてのものでした。嫁いだばかりの牧師のお嬢さんが残した記録と、その村をカバーしている領主の執事が書いた記録と、中世ヨーロッパを研究したケンブリッジ大学の先生の論文です。この三つの記録をどのように読んだらいいか、というのが宿題でした。友人はひっくり返って、お嬢さんにおずおずと、「どのように答えるつもりだったの」と聞きました。

     お嬢さんは次のように答えたそうです。牧師のお嬢さんが書いた記録に(うそ)はないと思う。でも、小さな村に生まれて、その村に嫁いだので、自分の見たことだけしか書いていないから、視野が少し限られている気がすると。次に、領主の執事が書いた記録は、きっと年貢に興味と関心があるから、そういうことが中心に書かれている。その点を、考慮して読まなければいけないと。最後に、大学の先生が書いたものは一番まともに見えるけれども、先生もときどき業績が上げたくて、自分に都合のいいデータだけを持ってくることがあるから注意しなければいけないと。

     こうお嬢さんが答えたので、僕の友人は、付け加えることは何もないと思ったそうです。インターナショナルスクールに通わせようかと迷ったこともあったが、イングランドの現地校に入れて本当によかったと言っていました。

     今話したようなファクトを、我々はもっともっと知るべきですよね。グローバルに競争していくということは、こういう過程で育った子供たちと競争していくということですから。

    教育は未来への投資

    • 「教育は日本の未来そのもの」と語る出口学長
      「教育は日本の未来そのもの」と語る出口学長

     もう一つ、これはちょっとペシミスティックな話です。オックスフォード大学の学長と食事した際に「オックスブリッジ(オックスフォード大とケンブリッジ大)の目的は何ですか」と聞いたことがあります。

     次のような答えでした。イングランドはインドを失った瞬間に没落が運命付けられた。だから、たとえば世界におけるGDPシェアがこれ以上上がることはありえない。落ちていく一方しかない。ただ、落ちていくのを止めることも最高にチャレンジングだ。だからオックスブリッジのエリートには、そのことを教える。すると一番優れた学生は教師になる。そういう事実を次の世代に教えるために。あるいは外交官になる。外交の力でイングランドの力を少しでもキープするために。そして一番出来の悪い学生がシティーに行って金融業界に勤めるんですよと。こういう話でした。やっぱり、教育というのはそういうものですよね。まさに未来への投資です。お集りの皆さんのお仕事が次の日本を作るんだと思います。先の見えない時代だからこそ、自分のアタマで考える以外にないわけです。

     僕の尊敬するある方が、「教育の目的とは何か」という質問に対して出した答えが、「自分の頭で考え、自分の言葉で自分の考えたことをきちんと説明できること。全世界の人はこの唯一の目的のために一生勉強を続けるんです」というものでした。小学であれ、中学であれ、高校であれ、大学であれ、リカレントの社会人教育であれ、すべての教育の目的は、自分の頭で考え、自分の言葉で自分の意見をまとめて話すことができる人を育てることですと。僕も心からそう思います。

    大学教育の理想はアズハルの3信条

     僕は去年の11月、APUの学長に選ばれてびっくりしたんですが、それ以来、「大学とは何か」と考え続けています。大学の一つの理想形は980年ごろに成立されたアズハルの3信条に尽きると思いますね。アズハル大学(カイロ)の3信条は簡単です。「入学随時、受講随時、卒業随時」というものです。勉強したいと思ったら、若くても年を取っていても、いつでもアズハルに来なさい。知りたいことだけ講義を受けたらいい、単位なんかないよ。それで、自分の疑問が解けたら卒業していっていいんだよ。またいつでも来なさいと。これこそが教育の理想形ですね。10世紀の後半にこれだけ優れた大学ができていたことに驚かされますし、今の大学がアズハル大学のような教育を本当に提供できているのかと考えると、忸怩(じくじ)たるものがあります。

     本当に教育は日本の未来そのものですから、皆さんがこういう場でいろいろと情報交換して、より良い教育を作っていくというのは素晴らしいことだと思います。ぜひ頑張ってください。ご清聴ありがとうございました。

    2018年04月17日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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