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    1週間の中で起きた注目の話題を漫画付きで詳しく解説するコーナーです。
    民主化にささげた人生

    中国の劉暁波氏が死去

    • イラスト・スパイスコミニケーションズ(小倉喜治)
      イラスト・スパイスコミニケーションズ(小倉喜治)

     2010年にノーベル平和賞へいわしょう受賞じゅしょうした中国の民主みんしゅ活動かつどう家、劉暁波リウシャオボー服役ふくえき中に病死しました。61さいでした。中国の民主化みんしゅかもとめる言論げんろん活動を理由りゆう投獄とうごくされ、最期さいご末期まっきがんの治療ちりょうのための出国もみとめられませんでした。経済発展けいざいはってんの一方で人権じんけん軽視けいしする中国政府せいふ姿勢しせいに、批判ひはんの声が上がりました。

     「一党独裁いっとうどくさい」と言われる政治体制せいじたいせいの中国は、中国共産党きょうさんとう権力けんりょくにぎり、党の考えとちがう意見を発表することはむずかしいとされています。以前いぜんから自由に意見が言える社会を目指し、若者わかものらが民主化をもとめてきました。

     文学者だった劉氏は、1989年、留学先りゅうがくさきのアメリカから帰り、民主化運動にくわわりました。同年6月、政府が学生らの運動を武力ぶりょく弾圧だんあつした天安門事件てんあんもんじけんでは学生らを支援しえんしました。

     その後、何度も拘束こうそくされながらも言論活動をつづけましたが、とくに注目されたのは2008年12月の「08憲章けんしょう」です。

     憲章は劉氏らが中心となって作られ、インターネット上で公表されました。国家権力の暴走ぼうそうおさえる三権さんけん分立の保障ほしょう民主的みんしゅてき選挙せんきょ実施じっし、言論の自由などを求めています。日本やアメリカなど民主国家では当たり前の考え方ですが、中国政府は問題視もんだいししました。劉氏はらえられ、10年2月に懲役ちょうえき11年の判決はんけつ確定かくていしました。

     しかし、国際こくさい社会はぎゃくに劉氏の勇気ゆうきをたたえました。長年の非暴力的ひぼうりょくてきな民主化運動が評価ひょうかされて、10年12月にノーベル平和賞が授与じゅよされました。中国政府がみとめなかったため劉氏本人は授賞式典じゅしょうしきてん出席しゅっせきできませんでしたが、劉氏の「わたしてきはいない」と題した文書が代読されました。「自由を求める人間の欲求よっきゅうはどんな力でも止められない。将来しょうらいの自由な中国の誕生たんじょう楽観らっかんしている」との内容ないようでした。

    世界から哀悼

     劉氏の死亡しぼうに対し、各国かっこく政府からは「正義せいぎと自由を追求ついきゅうするため人生をささげた」(米国)、「市民しみん権利けんり表現ひょうげんの自由のためたたかった勇気ある人」(ドイツ)などと哀悼あいとうのコメントが出ています。

     中国は世界第2の経済大国です。世界に大きな影響力えいきょうりょくがあるので、人権をかろんじる考え方まで世界に広がらないか心配です。日本はじめ国際社会は、中国の人権問題に関心かんしんを持ち続けなければいけません。

    2017年08月09日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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