 フォトニュース
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東京五輪など自身で手がけた都市づくりについて語る93歳の鈴木氏(東京・杉並区の自宅で)
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東京の都市づくりで1番の心残りは、東京湾を埋め立てた臨海副都心で1996年の開催が決まっていた「世界都市博覧会」が、私の次の青島幸男知事の時に中止になったことです。
東(あずま)都政時代に東京が大阪に万博を譲った後、私は、自民党副総裁などを務めた千葉出身の川島正次郎さんと、「将来東京湾の埋め立て地で万博をやろう」と話し合っていました。都市博にはそんな積年の思いが込められていたのです。
《都市博は万博に準じた国際博覧会で、テーマは都市問題。93年の閣議了解を経て、国連や海外の46都市、国内122自治体が参加の予定だった》
青島さんは95年の選挙で「都市博中止」を訴えて当選しましたが、直後に、都議会は圧倒的多数で「開催」を決議しました。選挙公約は候補者個人のもので、都の公約ではありません。議会を完全に無視した中止決定は、むちゃくちゃです。青島さんは実にわけのわからん人だと思いました。
都市博は臨海開発の起爆剤でした。最近、お台場など臨海部の賑(にぎ)わいが話題になっていますが、都市博をやっていれば開発の速度は早まり、バブル崩壊後の東京いや日本は、もっと活気づいていたはずです。
《臨海開発は、国の民活路線の一環として、88年、都主導で始まった。442ヘクタールの埋め立て地に就業人口7万、居住人口4万2000の街をつくる事業で、2019年に完成の見通し》
国際的大行事を目指し、限られた期間で社会資本を整備するのは、都市づくりの有効な手法です。私は、それを東京五輪と大阪万博から学び、知事になってからも踏襲しました。都庁舎などの大規模施設以外にも、「第2の山手線」と呼ばれる都営地下鉄・大江戸線(40キロ)や多摩都市モノレール(16キロ)も着工させました。
ところが、私のやり方は「ハコモノ行政」と批判されました。道路や上下水道などを含む社会資本全般をハコモノというのなら、甘んじて批判は受けますが、財源をにらんで必要な公共投資を着実に進めることこそ行政の務めです。
東京オリンピックの時代と違い、社会の価値観が多様化したため、事業の実施にあたっては、個人の権利や環境保全との調整に苦心しましたが、「1人でも反対すればやらない」という美濃部都政のスタンスはとりませんでした。
公団や公庫を入れると62年の長きにわたって、「官」に身を置き、都市づくりに思う存分手腕をふるえたことは、大変幸せでした。(おわり)
解説部 木戸 健介
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次回は「起業・稲盛和夫」です。
(2004.4.5)