 フォトニュース
|
|
|
|
|
 |

|
樋口さんは毎日夕方、ここに座って俳句を詠む。「29冊のノートは、いつでも持ち出せるように、風呂敷にまとめています」
|
 |
〈理髪店出て春風とすれ違う〉
〈芽起こしの雨に喫茶の灯がうるむ〉
3月下旬のある日のページには、こんな句が連ねられていた。京都市山科区の樋口知津さん(83)は、12年間、毎日、俳句を10句ずつ詠み続けている。「10句マラソン」と呼んでいる。ノートは29冊、作品の数は4万7000句を超えた。
「うまく作れず、思い悩むこともあります。でもこれのおかげで物事をマイナスにとらえることがなくなったんですよ」
実は、10句マラソンを始めるまでは、ひとりぼっちで、様々な壁に突き当たってきた。
☆☆☆
戦争中、出征前夜に仮祝言を挙げた夫が、沖縄で戦死。自身はなぎなたの教師だったが、終戦で仕事をなくし、横浜に移って米軍牧師のメードの職についた。その後、警察官の独身寮のまかない、愛知県で紡績工場の寄宿舎の舎監、京都に戻ってお寺の事務員と、様々な職業を経ながら、一人で生計を立ててきた。
仕事は60歳で辞めた。しかし、今度は母が胃がんを患い、付きっきりで看病をすることに。その母をはじめ、以後の10年間で、父、兄、義姉と4人の身内を看病の末にみとった。中でも義姉は、女学校で5年間机を並べた親友だっただけに、亡くなったと知った時は意識を失って1週間入院したほどだった。
「頭が真っ白になって、何も考えられなくなっていました」
10句マラソンを始めたのはちょうどそのころだ。樋口さんが俳句好きであることを知っていた甥(おい)が、熱心に勧めたのだ。「アイデアをノートへいくつも書き留めていく『アイデアマラソン』のように、俳句をいくつも書き留めてみては、と言われたんです。それで、毎日10句を作ることに決めました」
義姉との思い出などを俳句に詠んでいくうちに、気持ちが落ち着いていったという。
☆☆☆
樋口さんは、10句マラソンをすることで「人生の喜びが3倍になる」と話す。例えば旅行なら、実際に出かけた時、帰宅して俳句を作る時、年月を経てその俳句を読み返した時――と、旅の楽しさが3回分味わえるというわけだ。
◆つらい過去も貴重な題材に
日々の出来事だけでなく、夫の死、転々とした職業、両親の看護など様々な経験をしてきたからこそ、俳句の題材はいくらでも見つかる。
昔話をすると「大変でしたね」とか「ご苦労をされましたね」といった感想が帰ってくる。そんなとき、樋口さんは「私の人生は人に強いられたものではなく、自分で選び取ったもの。誇りに思っています」と答える。
苦しくつらかった経験も、10句マラソンを通じて、いい思い出と受け止められるようになったのかもしれない。
(2005.4.12)