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そろばん じわり復権

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トモエ算盤の藤本社長はイベントなどで、そろばんの魅力を子どもたちにも教えている(3月31日、伊東屋銀座本店で)=松本剛撮影

速くて正確「脳力」もアップ

 損得をクールに計算して将来を語る20歳代の知人を「そろばん高いなあ」とからかってキョトンとされた。その反応に驚いて問いただすと、小学生の時、そろばんは教科書で習ったが、触れたことはないという。

 このままでは打算的な人間が「電卓高い」ことになりかねない。危機感を抱いた40歳代の探偵は、見かけなくなって久しいそろばんを探しに街へ出た。(高橋直彦)

 そもそも、そろばんはどこで売っているのか? 探偵の事務所のある東京・大手町周辺の文房具店やコンビニエンスストアをはしごしてたどり着いたのが、文具全般を扱う伊東屋銀座本店(東京)。受付で尋ねると、「3階の事務用品売り場にあります」。

 同社広報室の市原美子さんによると、23ケタで3000円台のものを中心に今も売れ続け、「自宅近くでそろばんを探して見当たらず、来店する人が多いようです」。

 聞き込みの過程で、同社にそろばんを仕事で使っている社員が活躍しているという情報を聞きつけた。約400人の社員の勤務状況などを管理する総務課の門田理子(もんだあやこ)さん(42)がその人。職場をのぞくと、左手で伝票を繰り、右手でそろばんをパチパチとはじいて事務をこなしていた。でも、なぜ電卓を使わないの?

 「そろばんの方が速いし、正確ですから」と門田さん。小学4年生から3年間、塾で習って以来、公私で使い続け、「計算が間違ってると、珠(たま)をはじく指の感覚でおかしいと感じます」。アフター5に同僚と食事に行って割り勘にする際も、目の前にそろばんが浮かび、瞬時に一人分の支払いをはじき出し、「重宝がられてます」。

 そろばんは、基礎学力の向上にも役立つはず――。門田さんの話を聞いて、教育現場で今、どのように活用されているかを知りたくなった。

 学習指導要領では、小学3年生で、そろばんを4時間程度教える。ただ、そろばんを扱えない若い教師も多く、教科書で説明するだけで終わってしまうことも多いという。そこで、兵庫県尼崎市は、子どもの基礎学力向上を目指し、国から「そろばん特区」の認定を受け、2004年度から独自に一部の小学校で「計算科」の授業を行っている。

 2年生で年間10時間、基礎を学び、3年生以降は同各50時間、そろばんを学ぶ。「成果が上がっているか評価はこれからだが、少なくとも、学習で子どもたちの集中力は増している」と同市の担当者。

 昨年開校した私立立命館小学校(京都市)は、さらに徹底している。1年生の時に約50時間、2年生の時に約90時間、3、4年生で各約70時間のそろばんの授業がある。

 それどころか、そろばんは「Soroban」として、海外に広がっている。太平洋上のトンガでは小学校で毎日15分、そろばん授業がある。青年海外協力隊も1989年から、そろばんが得意な隊員を、同国や中東などに派遣。ハンガリーでは公立小学校などで算数のカリキュラムに取り入れられている。全国珠算教育連盟によると、世界で20か国以上がそろばんを教育で活用中だ。

 老化防止にも役立つらしい。老人福祉施設の「シルヴァーウィング」(東京)では、デイサービスのお年寄りを対象に昨年から月2回、そろばん教室を開催。トモエ算盤(同)は3年前、通常より1・5倍の珠を使ったそろばんを発売した。「お年寄りも操作しやすいように工夫した」と藤本トモエ社長は話す。

 静かに、しかし着実にファンは増えている。アナログの魅力を備えた「そろばんルネサンス」が近いことを確信した。

 【証言】

 頭にイメージ 暗算楽々

 「数に強くなる」(岩波新書)の著者で工学院大学教授の畑村洋太郎さん(創造的設計論)の話

 数字は単なる記号ではありません。「4」は、切りのいい「5」になりたがり、「1」を欲しがっている。「5」になると、今度は「10」や「100」になりたがる。

 まるで数が感情を持っているよう。そろばんを使うと、その感覚がよく理解できる。1だまを4個上げて「4」、それに「1」を足すと、1だまを4個下げ、5だまが下がる。数字が「5」になりたがっていることが感覚的にわかるでしょう。しかも、手を使うので、技術が頭と感覚に残る。反復練習をすると、頭の中にそろばんが浮かび、暗算ができるようになる。

 一方、電卓の答えは即座に出るが、頭の中は空っぽのままで何も残らない。答えの数字も抽象的なまま。だから、少し複雑な計算になると、電卓なしにはできない。

 現代の社会が効率性や正確さばかりを追い求め、頭と体を使って行っていた作業を、機械に預けすぎてきた。そろばんが注目されているのは、そうしたハイテク依存の弊害に一般の人も気付き始めたということもあるのでしょう。

 【データ】

 検定受験 26年ぶり増加

 日本珠算連盟の調査でも、そろばんが復活しつつある状況がうかがえる。

 同連盟によると、「珠算能力検定(1〜10級)」の受験者数は、電卓の普及や少子化に加え、子どもが学習塾に通うようになったことなどが影響し、1980年度の約204万人をピークに減少していた。

 ところがここ数年は横ばいで、2006年度は約18万7000人と26年ぶりに前年度を約5000人上回った。

 その理由として、同連盟専務理事の中山洋さんは、〈1〉学力向上の手段として、教育現場で見直されつつある〈2〉幅広い年齢層の脳トレブーム〈3〉高齢者を中心とした認知症予防の手段――などを挙げる。

 さらに、6年前から同連盟など、珠算団体が小学校にボランティア講師を共同で派遣する取り組みが功を奏していると、中山さんは見ている。

 【余談】

 五感フル活用「強い」男に

 実家が商売をしていて、子どものころから、そろばんは身近な存在だった。ただし、計算器というより、裏返して家中を駆け回るローラースケートや、トニー谷のまねをしておどけてみせる楽器として“愛用”した記憶しかない。

 そんな子ども時代だったので、数学コンプレックスがずっと続いている。「これではいけない」と、大人になって初心者向けの解説書を手に取ってみたが、数ページしか進まないうちに挫折。今回の探偵を通して、数字の感覚を身につけるためには、頭で考えるだけでなく、五感をフルに使って理解することの大切さを知った。

 これまで毛嫌いしていたそろばんだが、今度は計算器として愛用し、「数に強い」男になりたいと夢想している。

2007年4月4日  読売新聞)
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