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企画・連載
モードのゆくえ 東京コレクション20年

昔「DC」 今「ギャル系」

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渋谷でギャル系のストリートファッションを定点観測する渡辺明日香さん(右から3人目)ら

流行“賞味期限”3か月!?

 「東京発 日本ファッション・ウィーク」が10月にスタートする。官民一体の初の試みは、日本のファッションを世界に発信していくことができるだろうか。東京コレクション(東コレ)の誕生からこれまで20年間の変化を見ながら、今後のモードのゆくえを探っていきたい。

 まるでオセロゲーム。共立女子短大カラー&デザイン研究室助手の渡辺明日香(あすか)さん(33)は、東京・渋谷の街の女の子を見ていてそう思う。白い石が盤の上でさーっと黒に変わるように、流行アイテムが表れてはさっと消えていくからだ。

 キラキラの髪飾り、蛍光色の服、ロングスカート……。「早ければ“賞味期限3か月”で街から消えてしまう」

 渡辺さんは大学4年だった1994年5月から毎月、東京の街の定点観測を始めた。現在は共立女子大と短大の「ファッション研究会」の学生と一緒に、渋谷、原宿、銀座、代官山のストリートファッションの分析を続けている。

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DCブランドデザイナーなどの個性が強調された(1988年)

 11年前はどの繁華街を歩く女性も同じ格好だった。今は同じ渋谷でも、肌の露出度が高い「ギャル系」、服を重ねたゆるいシルエットが特徴の「レイヤード族」など違うスタイルが併存する。「街が細分化し、街角ごとに、流行もそのスピードも違います」

 セレクトショップに古着屋など、新しい店が登場し、そこに集まる人や店が影響し合って、街から流行が生まれる。「街と人とのかかわりあいの面白さ、質、量ともに豊富なバリエーションが今の東京の魅力」と渡辺さん。

 「デザイナー発」下火に

 東コレ誕生の1985年に始まったテレビ番組「ファッション通信」(現・BSジャパン)のプロデューサーを務めている山室一幸さん(45)は、この20年の変化を「流行の発信地がデザイナーのアトリエから街に降りた」と評する。

 85年当時は「DCブランド」の全盛期。「当時人気のブランドが参加し、東コレが東京のファッションの頂点という認識がみんなにありました」

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渋カジシンプルな服を重ねてコーディネート(1989年)

 しかし、デザイナーが発信したスタイルが流行として街に広がっていくという「モードのヒエラルキー(上下関係)」は、80年代後半から変わり始めた。80年代終わりの「渋カジ」、90年代の「ギャル系」など街から生まれたスタイルが脚光を浴びたからだ。

 欧米高級ブランドの靴やバッグなど小物が人気を集め、服自体のデザインより、服や雑貨の組み合わせでいかに「自分らしさ」を出すかが消費者の関心事になる。

 「かつて東コレは、人々の話題を集める、いわば大衆文学だった。でも、今は純文学や同人誌のように限られた人だけが楽しむものになっている」。東京のデザイナーがこだわって服を作っても、街の流行と直接には結びつかない。それが東京の今だ。

 しかし、山室さんは東京のデザイナーたちの未来を悲観してはいない。「世界一と言われるほど流行に敏感な街の感性と、デザイナーのこだわりがうまく結びつけば、アニメが世界で高く評価されたように、日本独自のファッションの世界が築けるのでは」

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ギャル系厚底サンダルを履く渋谷の女性(1999年)

 日本のモードが世界のベストセラーに脱皮する可能性はある。

 DCブランド デザイナー・アンド・キャラクターブランド。デザイナーの名前やブランドの個性を看板にしたブランドの総称。1980年代前半、大ブームに。

 渋カジ 80年代後半に登場。渋谷カジュアル、渋いカジュアルの略――の両説がある。ポロシャツ、紺ブレザーなどを組み合わせた高校生の私服から火がついた。

 ギャル系 90年代、ルーズソックスをはく女子高生「コギャル」の流行を機に、“はじけた”格好が注目される。

「東コレ」停滞期

 海外売り込み 新戦略

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特設テントで行われた第1回東京コレクション

 コレクションは、最新ファッションを発信する舞台だ。メディアを介して、瞬時に世界へ伝えられる。「東京を世界のファッション都市に」という試みは20年前から本格的に始まった。

 コレクションの目的は、流行を作り出すこと。春と秋の年2回、多くのブランドが短期間に新作を発表し、百貨店、専門店などの買い付け担当者やジャーナリストらを世界中から呼び込む。華やかなファッションショーの時期に合わせ、各ブランドは買い付け担当者と商談を行う。ここで取引された商品が半年先、各国の店頭に並ぶ仕組みだ。

 ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、パリで開催されているコレクションの会期は1週間程度。各地から集まる買い付け担当者らに配慮し、最近はますます日程が短縮され、ファッションショーの集中化が進んでいる。

 東京のデザイナーが一堂に会して作品を発表するようになったのは1985年。読売新聞が4月、創刊110周年記念事業として西新宿にテントを張り、「東京プレタポルテ・コレクション」を開いたのがきっかけだ。

 7月には、東コレを運営するデザイナーの自主組織「東京ファッションデザイナー協議会」が結成された。初代代表幹事は三宅一生さんで、メンバーは32人。11月に東京・代々木にテントを特設し、最初の東京コレクションを開催した。年2回開かれているが、92年4月にメーンのテント会場がなくなり、都内各地で分散開催されるようになった。開催期間も1か月以上に及ぶことがあり、一時100を超えた参加ブランド数も最近は半減していた。

 今秋10日間 ショー集中開催

 今春、急浮上したのが官民一体で開催する「東京発 日本ファッション・ウィーク」だ。背景には、欧米に比べて日本のファッション業界の国際競争力が弱い上、中国などアジア各国が国策として産業振興に力を入れ始めた危機感がある。少子化も進み、内需頼みは限界にきた。

 経済産業省が音頭を取り、東コレの開催を柱に、アパレル業界の展示会、日本が誇る素材の展示会などを各業界が連携して同時開催する。

 年2回の開催で、第1回は今年の10月31日から11月9日までの10日間。東コレも東京・神宮外苑にテントを設け、短期間に集中的に行う形に衣替えする。年間総事業費は約10億で、半分を国が負担し、残りは民間から集める。

 8月には、経産省内にファッション政策室が誕生。初代室長の宗像直子さんは「優れたデザインや素材があっても、海外へ発信する仕組みがなかった。国内外にこの試みを認知してもらい、有望な新人を発掘して、東京をファッションビジネスの中心地に育てていきたい」と話している。

2005年9月1日  読売新聞)

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