文字サイズ
    年間で一番心に残ったトピックを、読者投票を基に、大手小町編集部が選びます。
    シンポジウム

    リポート(4)シンポジウム 住まいとコミュニティー

     あなたはどこで最期を迎えたいですか。パネルディスカッションでは、老後に向けた住まいの選び方についても話し合いました。

    自宅がいい? 施設がいい?

    司会・鈴木美潮(読売新聞メディア局編集委員、以下鈴木) いわゆる「(つい)のすみか」を考えるのも大切だと思いますが、皆さんはどんなイメージをお持ちですか。探すときのアドバイスもあれば教えてください。

    中澤まゆみさん(ノンフィクションライター、以下中澤) 私はどちらかと言えば「最期まで在宅派」です。自宅で死にたい、住み慣れた場所で死にたいと思っています。施設や高齢者住宅が悪いと言っているわけではありませんが、やはり「ピンキリ」。自分らしい生活がどの程度できるのか、見極めてから入居してください。

    壇蜜さん(タレント、以下壇蜜) 両親に関しては、できるだけ希望を(かな)えてあげたいと思っています。自分に関しては、こうやって生きてきた以上、どうやっても「人に迷惑をかけてしまう」ので、“ギブ・アンド・テイク”と言えばいいのでしょうか、迷惑をかけたとしても、それに見合ったお返しができるような関係づくりをしておきたいです。

    町亞聖さん(フリーアナウンサー、以下町) 私は母を在宅で看取(みと)りましたが、実は「絶対に在宅がオススメ!」とは思っていません。やはり家族は「何かあったらどうしよう」という不安を抱えていて、父なんて、「父の方が死んじゃうんじゃないか」というくらい、その不安に押しつぶされてしまっていたような感じでした。ケース・バイ・ケースだと思います。

     だから「どこで」ではなくて「誰に」看取られるのかというのが一番大事なのではないでしょうか。特別養護老人ホームでも看取りをやっている施設は増えてきています。グループホームでも、「ビハーラケア」といって、亡くなった後に家族と一緒に体を清めることまでやっている施設もあります。スタッフと一緒に体を洗いながら思い出話をすることで、残された家族にとっても悲しみを癒やす「グリーフケア」になるんですね。まだそういうケアは少ないと思いますが、選択するというより、納得することが大切かなと思います。

    村山澄江さん(司法書士、以下村山) 祖母が80歳代後半になったとき、母が急にホームヘルパーの勉強を始めて、ヘルパー2級の資格を取ったんですね。「お母さんどうだった? 役に立った?」と聞いたら、「介護は自分でやるもんじゃないと分かって良かった」と。プロに任せないと、自分がダメになるであろうことがよく分かったそうです。一昔前は「施設に入れることに罪悪感がある」というふうにも言われましたが、両親は自分から「迷惑をかけるような状態になったらホームに入れてほしい」と言っています。私も納得できる施設を探すことに力を注ぎたい。やはり「誰にみてもらいたいか」が大切だと思うので、どんな人がどんな思いでやっている施設なのか、ちゃんと見に行って決めたいと考えています。

    地域でつながるために

    • 壇蜜さん
      壇蜜さん

    鈴木 特におひとりさまの場合、自分が住む地域にサポーターを見つけて、「お互いに支え合う」ということも必要になってくると思うのですが、中澤さんが取り組んでいる世田谷区のケースを教えてもらえますか?

    中澤 田舎だとご近所さんとか、コミュニティーがありますが、都会にもそんな「顔なじみ」を作りたいと思い、「ケア」をキーワードに「コミュニティーカフェ」をやっています。といっても毎日お店を開いているわけではなくて、月に1回、飲み会をやっているんです。介護職や医療に携わる人、家族を介護している人などいろいろな人が集まっていますが、必ず何か一品食べ物と、あとは「妄想」、やりたいことを持ってくることにしています。そんななかで、それぞれ参加者の活動がつながりあい、広がり始めているように感じています。

     カフェは全国的に広がっていて、都内は認知症の人が働いたり、本人や家族が集まったりできる「認知症カフェ」など、コミュニティーカフェが増えていますね。つながりたい、顔の見えるコミュニティーを作りたいという人は、結構たくさんいるんです。住んでいる自宅を開放する――「住み開き」をして、地域の“縁側”を作る人もいます。地域で介護を考えていこうじゃないかという動きが広がっていると思います。

    鈴木 住まいについて40歳代の方から質問が寄せられています。「近い将来、離婚して一人になる予定です。子どもはいません。両親は健在ですが、両親亡き後の実家に一人で住むには広すぎます。ただ、年を取ってから賃貸契約は難しいとも聞きますが、一人になったときの住まいについてはどうすればよいのでしょうか」。おひとりさまで、こんな悩みを抱えている人も多いと思いますが、いかがでしょうか。

    中澤 私の実家は長野県松本市で、今91歳の母親は認知症、父親は92歳です。もし両親が亡くなったら、その実家を「託老所」にして、私もそこで看取ってもらいたいと考えています。

     各地で空き家も問題になっていますよね。長年、日本人は「マイホーム」、そして「お墓」という夢を追いかけてきたように思いますが、そろそろ違うあり方を考えなければならないのかなと思います。

    壇蜜 両親は持ち家にいますが、「家をどうするか」というのは父も母も悩んでいるところです。私も含め3人とも稼ぎがあって判断しやすいうちに、そろそろ決める時期だということは自覚しています。でも、私が一人でどこに住むかというのは、正直まだ決められないですよね。私の世代は、困っている人がもっと増えてくると思うので、そのときにみんなで手をつないで集まって、そこから全く新しいアイデアが出てくるかもしれませんね。

    村山 後見人の仕事をしているなかで、「賃貸暮らしをずっと続けている人と、持ち家のある人とでは、資金計画の立てやすさが違ってくる」ということは実感しています。賃貸の場合は家賃がずっと発生してしまうので、年金と、蓄えがあればそれを減らしながらやりくりしていくことになります。一方、持ち家のある人は、蓄えをだんだん減らしていくのは同じですが、ゼロに近くなったら家を売って、そのお金を生活費に充てていくことができます。私も今は賃貸暮らしですが、いずれは「資産」として何かを持ったほうがいいとは思っています。最悪のケースになっても、住む家があるのは、絶大なる安心感があります。

    施設の良しあしは“お金”次第?

    • 会場からは「役に立つ話が聞けてよかった」「地域でできるボランティア活動について調べてみたい」などの声が聞かれた
      会場からは「役に立つ話が聞けてよかった」「地域でできるボランティア活動について調べてみたい」などの声が聞かれた

    鈴木 ここからは、お客さまの質問に答えていきます。

    参加者 何でも質問できる「かかりつけ医」を決めたほうがいいというお話でしたが、何科の医師がいいですか。

    中澤 やはり内科医をおすすめします。認知症のことについて勉強している内科医がいいです。なるべくご近所で探してみてください。

     高齢者の場合は、病気を治す医療ではなく、見守る、支える医療。これから在宅医療が充実してきたら、訪問看護師に相談するのもいいと思います。医師にこだわらなくても、他の選択肢もあります。

    参加者 今は都内の賃貸に一人で住んでいます。近所づきあいがあまりありませんが、どこかで家を買い、5年10年かけて仲良くすることを考えたほうがいいのでしょうか。

    村山 私が仕事で関わったおひとりさまの女性は、特に近所、隣の人と仲がいいというわけではありませんでしたが、学生時代の友達と今もつながっています。実際に倒れたときには、その友達が救急車を呼んで一命を取り留めました。ご近所に限らず、そんなつながりもあると思います。

    中澤 地域ではいろいろな講座が開かれているので、そこに参加するのもいいですし、まだ若いのでボランティアもできます。助けてもらうだけではなく、やはり自分が助けることも大切。元気なうちは助ける側で、元気でなくなったときに助けてもらう――そういう関係性をうまく作っていけるといいのではないでしょうか。人間関係が広がっていきますよ。

    参加者 最終的には施設に入ることになるのかなと思いますが、やはり施設の良しあしはお金に比例するのでしょうか。

     「介護職の給料が安い」という問題はよくニュースでも耳にされていると思います。老人ホームで働く人、施設の良しあしは高い給料をもらっている、払っているかということよりも、やはり“気持ち”だと思います。入居者をちゃんと尊敬しているか、やりがいを持っているか、地域のことまで考えているか、少し話を聞けば分かると思います。実際にいくつか施設を見て、「ここなら将来性がある」と感じられるところを選べるといいですね。

    悲しみを和らげる「クッション」を

    鈴木 最後に皆さんから一言ずつお願いします。

    壇蜜 遺体衛生保全士の仕事をするなかで、「老い」も「死」も誰にでも訪れるものですが、一人ひとり訪れ方が違うと感じていました。自分の最期や身内の最期、それ対する不安、不透明な気持ちは、情報の集め方次第でどんどんほぐれていくんですね。情報とコミュニティー、あとは仲間……これらは何より目を向けていかなければと思います。悲しみや喪失感を和らげるクッションは、いくら用意しておいても無駄ではないですよね。今後の人生、お金と悲しみ対策のためのクッションを日々蓄えて生きていけたらと自分自身も思いました。

     いま「大介護時代」と言われています。でも、たぶんピンチはチャンス。後ろ向きな覚悟ではなく、前向きになる覚悟を、全員がしなければいけないと思います。息を引き取るときは一人という人が多いかもしれません。看取りはそうした「最期の瞬間」のことではなく、命の限りが分かったときから、その時を迎えるまで続きます。我が家もバラバラな家族でしたが、母や父の介護で一つになれました。一人ひとりが家族を見直し、そして社会全体で地域をもう一回作り直すことが試されています。チャンスだと思って、みんなで全力で取り組んでいければいいと思っています。私も伝えることで、皆さんをつなぐ役割をこれからもしていきたいと思います。

    村山 遺言は遺書ではありません。私の知り合いにも、毎年、結婚記念日に2人で遺言を書き直している夫婦がいますが、そのくらいカジュアルなものです。介護サービスでも年金でも、自分で調べて知っておかないと損をすることのほうが実は多いので、敬遠せずに、やはりつながりが大事だと思います。前向きに、楽しく生きるための活動として「終活」に取り組めればいいですね。

    中澤 第1部の講演で「自分力」「人もち力」「地域力」と話しましたが、それがとても必要とされている時代だと思います。支援されるだけではなく、自分も支援する側に回ることを考えていかなければいけません。人とつながって、たくさんのいい知り合いがいること、それが地域作りに結びついていくこと――でも最初は、やはり「自分の力を付けること」だと思うんですね。国の制度だけに頼らず、私たち自身が動いていかないと、私たちが臨むような死に場所も見つからないのではないかと思います。一歩を踏み出していきましょう。(おわり)

    2016年01月15日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun


    くらげっとのつぶやき
    発言小町ランキング
    アーカイブ