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    発言小町の投稿を基に、男性学の第一人者・田中俊之さんが社会現象などを分析します。

    働く人は「自由」がなくても「安定」があれば我慢しなきゃいけない?

    先が見えてしまうつらさ

    • 写真と本文は関係ありません
      写真と本文は関係ありません

     若者は将来の不透明さに悩むものです。逆に、中年以降になると、将来を見通せてしまうことが悩みになります。

     10年後も同じような生活をしていると想像がついてしまえば、何を目標にすればいいのか分からなくなるのは当然です。不安の中には自由があり、安心の中には不自由があると言えるでしょう。簡単に安心と自由を両立できるほど人生は甘くないようです。

     近年では、「中年フリーター」に代表されるように、年齢を重ねても経済的に苦しむ人々の存在が社会問題になっています。そもそも、子どもから老人まで、世代を超えて貧困がキーワードとして浮上している時代です。格差の拡大が明らかな日本の現状では、不安をベースにした先が見えない苦しみは、解決すべき「深刻な悩み」として世間の注目を集めます。しかし、安心を手に入れたがゆえに抱える先が見えてしまうつらさは、放置してもいい「贅沢(ぜいたく)な悩み」と思われがちです。

    結婚すればなんとかなる?

     多くの人が(ひそ)かに感じてはいても、実際には口に出せない本音が出てくるのがネットの面白いところです。「サラリーマンの方、何を生きがいに生きていますか?」。このような印象的な書き出しの「贅沢な悩み」に関するトピックを、発言小町で見つけました。

     トピはこちら⇒サラリーマンの生きがい

     トピ主さんは30代前半の独身男性。20代のうちは土日出勤も(いと)わず懸命に働き、同期の中では最短で管理職になったものの、最近では当時のような情熱を仕事に感じられないそうです。「家に帰ると、疲れて()ぐに寝てしまうことも多いです。休日は、仕事に必要な能力を高めるため、勉強しているか、家事をしているか後は疲れており、ボーっとしている事が多いです」

     正社員として働いているだけではなく、出世競争でも同僚をリードし、会社員として安心できる立場になったために、働くだけで過ぎていく毎日の不自由が顕在化してきたわけです。「最近、ふとした時に、何でこんなに頑張っているんだろう。何のために頑張っているんだろう。と(むな)しくなる事が増えてきています。未婚という事もあり、誰かの(ため)に働くという事もありません」。トピ主さんは家族がいれば、生活にハリがでると考えているのかもしれません。

     それに応えるように、結婚を薦めるレスが多くつきました。

     「トピ主さんは、結婚するのが一番だと思います。簡単なことではありませんが、家庭を持つと、とりあえず養うという目的が出来ます」

     「家族がいれば頑張れるし、生き甲斐(がい)も増えますよ。そろそろ重い腰を上げてみたらいかがでしょう」

     結婚して家庭を築けば、大きな安心が得られるでしょう。しかし、その分だけさらに自由は制限されることになります。「仕事にはまったくやりがいを感じないのですが、家族のためには続けるしかありません。既婚男性のみなさんは何をモチベーションに頑張っていますか?」――いまの時点で自分が何のために働いているのかを直視しなければ、いずれトピ主さんはこのような「贅沢な悩み」を再び投稿することになるかもしれないのです。

    「贅沢な悩み」の深刻さ

     社会学者のジグムント・バウマンは、安心と自由の関係について次のように述べています。

    「安心の増進は常に自由の犠牲を求めるし、自由は安心を犠牲にすることによってしか拡張されない。しかし自由のない安心は奴隷制に等しい。一方で、安心のない自由は見捨てられて途方にくれることに等しい」(『コミュニティ 安全と自由の戦場』)

     安心が保障されない非正規雇用の働き方は、いくら自由を強調されても問題性は明らかです。それに比べて、安心が確保された正規雇用は、引き換えに自由を失ったとしても当然のことだと考えられています。

     ですが、バウマンの自由のない安心に対する指摘をふまえるならば、「贅沢な悩み」の深刻さが分かります。現代の日本では、多くの人が安心にばかり気を取られ、自由の価値を見失ってしまっているのかもしれません。

     仕事で忙しく過ごす日々の中では、「贅沢な悩み」の深刻さに気がつくことは困難です。そうこうしているうちに、長時間労働の問題に光が当てられ、「働き方改革」が叫ばれるようになりました。一度働くことの意味をゆっくり考えてみてはいかがでしょう。安心と自由の完璧な両立はなくても、「ほどほどの安心とほどほどの自由」の可能性はあるはずです。

    2017年02月14日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    プロフィル
    田中俊之  (たなか・としゆき
     1975年生まれ。武蔵大学社会学部助教。学習院大、東京女子大などの非常勤講師を経て、2013年から現職。男性であるために抱える生きづらさなどを分析・考察する「男性学」の第一人者として、新聞、雑誌への執筆やラジオ出演、講演などで活躍している。主な著書に「男がつらいよ」(KADOKAWA)、「男が働かない、いいじゃないか!」(講談社+α新書)、「不自由な男たち その生きづらさは、どこから来るのか」(祥伝社新書、共著)など。 ツイッター:@danseigaku
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