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    【連載】女性と仕事 (1)「均等法1期生」社長も

    多くは結婚・出産で離職

     雇用における男女の差別をなくすことを目的にした「男女雇用機会均等法」が施行されて、4月1日で30年。女性管理職も珍しくなくなり、1日には女性活躍推進法も施行された。

     ただ、女性が活躍する上で、職場環境や支援態勢などが十分に整ったとは言い難い。均等法が女性にもたらした変化と課題を探る。


     「なぜ、担当が女なんだ」

     酒屋の店主から苦情電話が何本もキリンビール東京支社に入った。「軽んじられたと思ったのでしょう。私も一人前と見てもらえず、歯がゆい思いをした」。約30年前を振り返るのは丸山千種さん(52)。4年制大学卒の初の女性営業職として1986年に同社に入社した「均等法1期生」だ。今年3月、キリンの関連会社で、ビールの原料をもとにした飼料を販売するキリンエコー社長に就任した。

    • 食堂内のバーカウンターで後輩社員と談笑する、キリンエコー社長の丸山さん(右)(東京都中野区で)=池谷美帆撮影
      食堂内のバーカウンターで後輩社員と談笑する、キリンエコー社長の丸山さん(右)(東京都中野区で)=池谷美帆撮影

     営業の仕方も男性とは違った。同期の男性は早々に上司から自立して一人で店舗を回るが、丸山さんは男性上司とのペアが続いた。そのため、営業先の店主は大事な話を上司にしかしない。「これでは仕事を覚えられない。私一人に任せてほしい」。上司に直訴し、同期の男性から1年遅れで独り立ちした。それからは酒屋の奥さんらの信頼を得て、成績を伸ばしていった。

     26歳で結婚したが、子どもに恵まれず夫は病死。その後、女性初となる支社長を経て、2011年に関連会社のキリンアンドコミュニケーションズ社長に就任した。今は2社目の社長業だ。「均等法のおかげで今の私がある。社長のポストも含め、女性に出来ない仕事なんてない」と丸山さんは言い切る。

     関西学院大学准教授の大内章子さん(人的資源管理)は、1990年代前半から2000年代半ばにかけて、均等法施行前後に入社した女性58人を追跡調査したが、00年代には半分以下しか会社に残っていなかった。残った女性も、転勤や配置転換の数が同期の男性より少なく、積んだ経験に差がついた人がいた。

     「均等法施行で男女平等の認識が社会に広がり、女性に管理職の道が開かれた意味は大きい。だが、高いポストをつかんだ女性の多くは、結婚、出産という道を選ばず、男性と同等以上に働いてきた特殊な人でもある」と指摘する。

     この世代の女性は、結婚や出産、夫の仕事の都合などがきっかけで退職する例が目立った。

     東京都内の主婦(53)も、85年に総合職で百貨店に入社し、7年働いたが、メーカー勤務の夫の海外赴任に同行するため離職した。その後、2人の子を育て、今は学習塾で講師のバイトとして働くが、時給は学生とほぼ同じ。「あのまま正社員でいたら、違った今があったのかな」と悩んできた。

     主婦は14年、日本女子大学の「リカレント教育課程」を受講した。女性に学び直しの場を提供し、再就職支援も行う内容で、1年間で企業会計やビジネス英語などを学ぶ。昨年、課程を修了した主婦は「これまでの経験や授業で学んだことを生かし、塾の経営などをしたい」と前向きだ。

     大内さんは、「働いた経験のある均等法以降の世代は、社会に貢献したいと思う女性が多く、有能で意欲も高い。しかし、一括新卒採用や終身雇用がいまだ前提の社会では、一度離職した女性は活躍できない」と話す。国や企業には、こうした主婦たちを生かす仕組み作りが求められる。

    86年施行、総合職に道開く

    • 均等法元年の1986年4月、電機大手の入社式に集まった女性新入社員ら
      均等法元年の1986年4月、電機大手の入社式に集まった女性新入社員ら

     男女雇用機会均等法は1985年に成立、86年4月1日に施行された。それまで女性はお茶くみやコピー取りなど補助的業務が中心で、結婚退職が当たり前。男性とは職場での扱いが大きく異なった。

     だが、国際的には70年代から男女平等の流れが高まり、日本も85年に国連の女子差別撤廃条約を批准したことが、均等法成立につながった。まず、定年、退職、解雇などでの女性差別が禁じられた。

     86年入社で、今年オリックス・クレジット社長となった山科裕子さんは「入社時の女性総合職は76人。前年の約4倍に上り、女性への期待感を感じた」と話す。

     均等法以降、職場でのセクシュアル・ハラスメント(性的嫌がらせ)が問題視される。89年にはセクハラを理由とした全国初の裁判があり、同年の新語・流行語大賞の新語部門・金賞に選ばれた。その後も訴訟が相次いだため、99年施行の改正均等法で、事業主に対しセクハラ防止の配慮措置が義務化された。

     均等法により、女性も総合職として働ける道が開けたが、妊娠、出産した女性が働き続けるための環境整備は遅れた。ニッセイ基礎研究所主任研究員の松浦民恵さんは、「均等法には転勤や残業が前提の男性型雇用慣行を変える力はなく、適合できない女性は離脱していった」と説明する。

     その解決にと92年に育児休業法が施行。2005年には仕事と育児が両立できる職場環境の整備のため、次世代育成支援対策推進法が施行された。だが、第1子出産を機に退職する女性は横ばいのまま。内閣府によると、第1子の出生年が1985~89年の働く女性のうち出産退職者は61%。2005~09年も62%だ。

     保育所・保育士不足による深刻な待機児童問題や、長時間労働を当然とした旧来的な働き方などが理由に挙がる。企業の管理職候補の不足にもつながり、女性管理職の割合が海外に比べ少ない現状を招いている。

     安倍首相は、女性の活躍推進によって経済力や国際競争力を高めようと、女性活躍を重要政策と位置づけ、均等法施行後30年となる今年4月1日、女性活躍推進法を施行する。松浦さんは「旧来的な働き方を根本から見直し、多様な女性の活躍を目指す女性活躍推進法への期待は大きい。女性労働を巡る状況は新たな段階に入る」と話す。

    2016年04月07日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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