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    【3】制服に一体感と安心感

    効果見直し再導入の企業も

    • 来年復活する三菱東京UFJ銀行の制服。ネクタイやリボンにコーポレートカラーの赤色を使っている
      来年復活する三菱東京UFJ銀行の制服。ネクタイやリボンにコーポレートカラーの赤色を使っている
    • 昭和30年~40年代に着られていたスモックの制服。右はショートスモック、左はロングスモック(日本ユニフォームセンター提供)
      昭和30年~40年代に着られていたスモックの制服。右はショートスモック、左はロングスモック(日本ユニフォームセンター提供)

     企業の制服復活が話題になっている。三菱東京UFJ銀行は来年1月から、制服を再び導入する。全国の窓口業務などを行う行員男女約1万6000人が対象になる。企業イメージを向上させ、働く者の一体感を育てることが目的だ。

     香川銀行(高松市)でも昨年、制服が復活。中京銀行(名古屋市)も来年4月に復活させる。

     日本人の装いに、制服は重要な役割を果たしてきた。その意味合いは時代ごとに変わってきている。

     公益財団法人「日本ユニフォームセンター」(東京)で制服の歴史を研究する元木雪恵さんは、「日本は戦時中、男性は国民服、女性はもんぺ姿で、国民皆が制服を着ているような体験をした」と話す。

     大阪市の出版社社長、福山琢磨さん(81)は「おやじはいつも国民服だった。着る服がそれしかない。普段も、葬式も、どこでも着ていくんです」と振り返る。自分も国民学校でもらったが、「布が紙のような素材で、雨にぬれたらダメになる代物でした」。

     軍服と同じカーキ色の国民服は戦時中を強く意識させ、団結や戦意高揚の効果もあった。

    • 稲葉賀恵さん
      稲葉賀恵さん

     戦後、最初に一般向けに登場した制服は、「スモック」と呼ばれる上着だ。事務仕事の際に、インクや朱肉で服が汚れるのを防ぐ。汚れが目立たない紺色で、機能性が重視された。

     1960年代には合成繊維が出回り、軽量でカラフルな制服が登場した。

     「バラのユニフォームでお待ちしています」。日本勧業銀行(現在のみずほ銀行)が62年に出した新聞広告のキャッチフレーズだ。制服姿の女性たちが掲載されている。「制服が企業の顔になった」と元木さんは指摘する。

     70年の大阪万博などを機に、ミニスカートやワンピースなど制服が多彩に。80年代は日本人デザイナーによるDCブランドブームで、ブランドが制服も手がけた。

     日本航空などの制服をデザインした、服飾デザイナーの稲葉賀恵よしえさん(75)は、「男性目線ではなく、女性の声を取り入れ、流行最先端の派手なものより、着やすく落ち着きのあるものを」と考えた。「会社には若い人も年配の人もいる。体形を気にせず、誰でも美しく着こなせる制服が求められていると感じました」

     学校も学生獲得のため制服をおしゃれに変えた。85年に「東京女子高制服図鑑」を出版したイラストレーターの森伸之さんは、「スカート丈を人より短くするなど、着こなしで個性を主張した。自由な服で個性を出すより、制服の方が楽だったのかもしれません」と話す。後に女子高生ブームが起こる。

     女性の制服姿が注目される一方、86年に男女雇用機会均等法が施行され、「女性だけに着させるのはおかしい」との議論が起きた。さらに91年のバブル崩壊後、経費節減が進み、制服を廃止する企業が増えた。

     それが今再び、制服に着目するのはなぜか。

     デザイン評論家の柏木博さんは、スポーツのユニホームを例に説明する。ファンは試合観戦で選手と同じユニホームを着ると、選手とのつながりを感じ、気持ちが高ぶる。「終身雇用制度が崩壊し、地域のつながりが薄れるなか、同僚や仲間と同じ格好をすると、自分の居場所を確かめられ、安心できる。制服は動きやすいだけでなく、気持ちも楽でいられるのでしょう」

    2015年11月27日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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