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    「台所」から見えてくる様々な人生を描く連載小説。
    「おりおり堂」のおしながき

    弥生・ちらし寿司とハマグリの潮汁

     毎月、旬の味を届けてきた「おりおり堂のおしながき」も、連載小説「出張料理・おりおり堂」の終了に合わせ、今回が最終回。「銀座小十」の奥田透さんに、春らしい彩りのちらし寿司(ずし)と、深い味わいの(うしおじる)汁を作ってもらいました。

    • ちらし寿司
      ちらし寿司
    • ハマグリの潮汁
      ハマグリの潮汁

    美しい錦糸卵を焼くには

    • 錦糸卵を焼くときは、菜箸にうまく引っかけて裏返すのがポイント
      錦糸卵を焼くときは、菜箸にうまく引っかけて裏返すのがポイント

     小説の第12話「弥生 祝い御膳とそれぞれの船出」、その1回目では、おりおり堂の店内に飾られたひな人形が描かれていました。オーナーの桜子さんが、「せっかくの桃の節句ですもの。ちらし寿司を作ろうかと思うのだけれど」と、主人公の澄香を誘います。

     桃の節句の「行事食」として、すっかり定番になったちらし寿司ですが、その由来はあまりはっきりしていません。具に用いられることの多いエビは、「腰が曲がるほどに長生きを」と長寿の願いを込めたもの。豆は「まめに働けるように」との思いから――などとされているそうです。

     奥田さんが作ってくれたちらし寿司は、干しシイタケとゴボウのみじん切りを混ぜ込んだ酢飯の上に、ふんわりとした錦糸卵が敷き詰めてありました。上にはクルマエビ、タラの芽、ワラビ、グリーンピース、木の芽。黄色と緑、赤が目に鮮やかで、まぶしいほどです。そして、2色の桜の花びらが何とも楽しげ。これはニンジンとウドを切ったもので、茶わんに「春」が表現されていました。

     プリッとしたエビは言うまでもなくおいしいのですが、今回は美しく切りそろえられた錦糸卵が見事でした。小十では、卵6個に対して塩小さじ1/3杯、薄口しょうゆ小さじ1杯を加え、混ぜ合わせてからいったん裏ごし。卵焼き器にサラダ油をひき、卵液を流し込んで、片側を焼いたら菜箸に引っかけて裏返して焼き上げています。

     小十の料理人さんは、慣れた手つきでくるりとひっくり返していましたが、破れずにできるようになるには、きっと「練習あるのみ」なのでしょうね。

    おわんを満たす遊び心

    • 霧吹きで軽く湿らせたノリの上に、ハマグリの身を積み上げていく
      霧吹きで軽く湿らせたノリの上に、ハマグリの身を積み上げていく

     そしてもう一品はハマグリの潮汁。小説の5回目には、ハマグリの貝殻を使う「貝合わせ」という遊びが紹介されています。トランプでいう神経衰弱のように、ぴったり合う2枚を選んで組み合わせるルールです。「貝合わせに使う貝はハマグリが多く、内側には蒔絵(まきえ)や彩色が施してある。ハマグリのような二枚貝は、元のペア同士でないと合わせることができないので、夫婦和合や貞節の象徴とされていたそうだ」。まるで澄香とイケメン料理人・仁さんの恋の行方を暗示するかのよう……。

     恋の話はいったんおいて、奥田さんはちょっと趣向を凝らした潮汁を作ってくれました。おわんの蓋を開けると、白っぽく澄んだ汁の中に、四角く折り畳まれたノリが入っています。「ノリにハマグリの身を包んでみました。『隠れハマグリ』といいます」と奥田さんがいたずらっぽく説明します。

     ハマグリは殻のまま水に入れ、昆布と酒を加えて火にかけます。「殻が開いたら、ほどなく殻ごと取り出してしまいます。本当は少し煮たほうが汁に味がよく移るのですが、身が固くなってしまう。そこで身は取り出し、汁だけ煮詰めていって凝縮させ、冷ましてから身を戻して一晩おくんです」(奥田さん)

     仁さんが作ってくれた潮汁をいただくシーンを引用しましょう。「この色は何色と呼ぶのだろうと汁を見ながら澄香は考えている。濁っているわけではないが、透明とも違う。ハマグリのゆで汁をそのまま使うこの料理は潮汁としか呼びようのない光沢のある半透明のお吸い物なのだ。口をつけると、さあっと海の香りが(ひろ)がる」(22回目

     奥田さんの潮汁も、絶妙な塩味が心地いい「深い味」がしました。塩や薄口しょうゆなどで味を調えているのかなと思いきや、「ハマグリの味だけです。薄いときには塩を加えますが、そんなことは10回に1回あるかないか」とのこと。自然の味の“強さ”に感服しました。

    どなたにも幸多かれ

    • 奥田透さん(東京都中央区の「銀座小十」で)=高梨義之撮影
      奥田透さん(東京都中央区の「銀座小十」で)=高梨義之撮影

     1年間、季節ごとの行事にちなんだ料理や、旬の食材を生かした味を紹介してくれた奥田さん。連載を終えるにあたり、「海外に出かけて改めて、日本人は自分たちの文化を知らないと感じるようになりました。これから少しずつ取り戻していかねばなりませんね。『食』は一番身近で取りかかりやすいと思うので、日々の食を通して、世代を超えて“日本”を伝えていきましょう」と話していました。

     そういえばホタルイカの酢みそあえを味わい、桜子さんも言っています。「人はいつか去るけれど、こうして次の世代に受け継がれていくのでしょうね」と。そしてほほ笑み、続けました。「それにしても、おいしいものをいただけるのは幸せなことね。どなたの上にも幸多かれと願わずにはおれませんわ」(22回目)

     3月で季節は一巡り。このシリーズの最初に、奥田さんに「お花見弁当」を作ってもらったときと同じで、今年も桜は美しい花を咲かせています。さて、澄香と仁さんの“貝”はぴったりと合うのでしょうか。おいしいものを大切な人と笑顔でいただける、そんな最高の幸せを願わずにはいられません。

    2015年03月31日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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