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    「台所」から見えてくる様々な人生を描く連載小説。
    「おりおり堂」のおしながき

    霜月・名残のマツタケ

     なぜこんなにも、もてはやしてしまうのでしょうか。そう、マツタケのことです。11月に掲載した小説「出張料理・おりおり堂」に登場したメニューの中から、今回は、三つ星の日本料理店「銀座小十」の奥田透さんに、マツタケ料理を再現してもらいました。鼻腔(びくう)に広がる豊かな香りを想像しながら、読んでいただければ幸いです。

    土瓶蒸し…味と香りの七変化

    • マツタケの土瓶蒸し。味と香りの変化を楽しめる
      マツタケの土瓶蒸し。味と香りの変化を楽しめる

     もう一度繰り返しましょう。なぜマツタケに限って、「秋の味覚の王様」などともてはやしてしまうのでしょうか。「香りマツタケ、味シメジ」などと言いますし、やはりあの香りのせい?

     小説では、料理を依頼された先でマツタケにお目にかかった澄香が、こうつぶやいています。「嗅ぐだけならばタダなので胸一杯に吸い込んでみるが、アラ、不思議。森にいる気分にはなったものの、うなぎのように、これでご飯が何杯も食べられるというものではなさそうだ」(第8話「霜月 秋の名残とあの日の卵焼き」6回目

     まあ、そうですよね。しかし奥田さんがまず作ってくれた「土瓶蒸し」、蓋を取らずとも立ち上る香りは、心を静かに興奮させてくれました。小説ではマツタケのほか、ハモと車エビ、ギンナン、三つ葉が入っていましたが、奥田さんは「ハモはもう旬を過ぎてしまったので」と、アマダイ、エビしんじょう、ギンナン、三つ葉を具に選びました。アマダイは、だしが濁らないよう、さっと湯通ししておきます。

    • 土瓶蒸しの具材。左から湯引きしたアマダイ、エビしんじょう、三つ葉、マツタケ、ギンナン
      土瓶蒸しの具材。左から湯引きしたアマダイ、エビしんじょう、三つ葉、マツタケ、ギンナン

     「まずは、だしをそのままどうぞ」と奥田さん。その後、蓋をとって、具材を取り出し、スダチを搾っていただきます。スダチを加えると、また香りが変わり、味にも奥行きが増すように感じられました。小説では、こう表現しています。「さっと火を通しただけなので、具材のうまみもきちんと残っており、それぞれの味わいに、ギンナンの苦み、三つ葉の独特の香りがまたアクセントとなって、まさしく味の七変化だ」(同7回目

     「土瓶蒸しは、すごく考え抜かれたお料理ですね」と言うと、奥田さんは「本当に」とうなずきました。「完成されすぎているので、あえて作らない時期が長かったんです。でもここ数年、私が禁じ手にしてしまうことで、お客さまの幸せを奪ってしまっているのではと思い、お出しするようになりました。マツタケをはじめ、それぞれの素材の味や香り、それを受け止めるだしの味と香り……いやらしくない足し算ですよね。いつまでもだしを飲んでいたくなる、究極の癒やし料理です」と話していました。

    歯ごたえも絶品

    • マツタケのフライ。軽く塩を振ってもおいしい
      マツタケのフライ。軽く塩を振ってもおいしい

     もう1品は、小説で「意外なもの」と書かれたメニュー――フライです。立派なマツタケを縦に半分に裂き、霧吹きでさっとぬらしたあと、ハケを使って丁寧に粉をまぶします。割りほぐした卵にくぐらせ、むらなくパン粉を付けて揚げました。

     「()むと、衣のサクッとした歯触りに続いて、コリッ、ぶしゃあっと思わず、ふなっしーのような形容をしたくなるほどの松茸の味と香りが(ひろ)がり、ついでにあまりのアツアツぶりに悶絶(もんぜつ)した」(同8回目

    • マツタケは霧吹きで軽く湿らせ、ハケで丁寧に粉をまぶしていく
      マツタケは霧吹きで軽く湿らせ、ハケで丁寧に粉をまぶしていく
    • 「揚げ物はキリッとした飲み口のお酒と合わせたいですね」と話す奥田透さん
      「揚げ物はキリッとした飲み口のお酒と合わせたいですね」と話す奥田透さん

     小説では、「おりおり堂」のオーナー・桜子さんと澄香が、きりりと冷えた辛めの白ワインと味わっています。「葡萄(ぶどう)の香りと一体となって、まろやかに収束する。これぞまさしくマリアージュ。まさに絶品だった」とのこと。奥田さんにもおすすめを尋ねたところ、「シャンパーニュのボランジェはどうでしょう。赤ワインに使うピノムニエ、ピノノワールといったブドウが多く使われているので、しっかりとした味わいのシャンパンです。キノコとの相性もいいと思います」と紹介してくれました。

    かつては庶民の味

     かつてはマツタケが「庶民の味」であった時代もあったそうです。林野庁などによると、国内での年間収量は、1941年には1万2000トンもあったとか。近年の消費量は輸入も含めても2000トン前後であることからみても、ごくごく身近で日常的な食材であったことがうかがえます。奥田さんも「すき焼きをしても、お肉を食べられるのはお父さんだけ。子どもたちは“マツタケしか”食べられなかった……なんて話をお客さまから聞いたことがあります。マツタケのフライはおやつだったようですよ」と話します。

     マツタケの取れるアカマツの林が、松食い虫など害虫のせいで荒れたり、手入れが行き届かなくなったりして、国内の生産量が激減したことも、もてはやしてしまう理由のようです。

     マツタケの流通は11月でほぼ終わり。あの何とも魅惑的な香りが消えたら、いよいよ季節は冬になります。

    2014年12月01日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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