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    「台所」から見えてくる様々な人生を描く連載小説。
    「おりおり堂」のおしながき

    神無月・サンマの塩焼き

     毎月、依頼主のために極上の料理を手がける「出張料理・おりおり堂」。普段、料理人の(じん)さんたちはいったいどんな食事をしているのだろう――そんな興味を持っていたところ、10月の小説では、おりおり堂の昼食が描かれました。日本を代表する料理人、「銀座小十」の奥田透さんが手がけるぜいたくな「まかない飯」をご覧ください。

    誰も否定できないおいしさ

    • こんがりと焼き上がったサンマ。モミジの葉が秋らしさを際立たせている
      こんがりと焼き上がったサンマ。モミジの葉が秋らしさを際立たせている

     10月の小説「神無月 秋刀魚(さんま)とカボチャと魔女の家」は、サンマの描写から始まりました。文字通り秋を代表する魚です。

     「ぴかぴかのメタリックボディーに、澄んだ丸い目」。奥田さんが用意したサンマは、さらに「丸々と太い」と描写を加えたくなるほど立派なものでした。奥田さんは、まずその皮に細かく斜めの切れ目を入れていきます。これまで、せいぜい×印が入っているのは見たことがありますが、5ミリほどの幅で丁寧に包丁を入れるのは初めて。驚いていると、「こうしておくと、切れ目のところの皮がパリッと焼けておいしくいただけるんです」と説明してくれました。

     次に金串を刺していきます。1本目を背骨の上に通したら、隣に刺す2本目は背骨の下へ。それを交互に、全部で5本刺しました。こうしておくと、片側ずつ焼くときに身が落ちるのを防げるそうです。串の刺し方一つとっても考え抜かれているのだなあと、これまた驚きでした。

    • 炭火でサンマを焼く。まずは盛りつけたとき表になる側から
      炭火でサンマを焼く。まずは盛りつけたとき表になる側から

     塩を振ったら、いよいよ炭火で焼きます。皿に盛ったとき、表側になるほうが先。ジュッという音や、香ばしい香りが食欲を刺激します。こんがりと焼き上がったら、ダイコンおろしとスダチを添えて完成です。「炭で焼いたサンマは極上品ですよね。このおいしさを否定できる人はいないのでは」と奥田さんもたたえる日本の秋の味。小説では、こう描かれていました。「わずかに炭の香りが残る香ばしさに、新鮮な秋刀魚の濃厚な味わい。口に運ぶと、ほんのり甘みを感じる大根おろしと、スダチのさわやかな香りが一体となって、じわりと(ひろ)がる」(「神無月 秋刀魚とカボチャと魔女の家(1)」から)

     銀座小十では、通常のメニューでサンマは提供していないそうです。コース料理の最後に1匹丸々出すと量が多すぎる。かといって三枚おろしにしてしまうと、別の料理になってしまいます。「銀座でサンマをいただくことに価値を見いだしてくださる人も、実際には多いだろうと思います。ぜひ出したいくらいなんですけどね……」と奥田さんは話していました。

    幸せの象徴

    • だし巻き卵を焼く奥田さん。表情は真剣そのもの
      だし巻き卵を焼く奥田さん。表情は真剣そのもの

     二品目は「だし巻き卵」です。材料は卵5個に、昆布とカツオ節で取っただしを150CC、塩と薄口しょうゆで味を調えます。奥田さんは卵焼き器に卵液を流し入れ、手前に向かってくるり、くるりと巻いていきます。そして奥に寄せて、再び卵液を流しては巻き、流しては巻き。最後はふるふると柔らかな卵焼きを、巻きすにとって落ち着かせていました。

     小説でも、仁さんの手によるだし巻き卵を、助手の澄香は「ごちそう」と呼んでいました。「ちょっと褒めすぎなのでは?」と思えるほどの大絶賛ぶりを引用しましょう。

     「お客様のために作る料理がおいしいのはもちろんなのだが、こんな家庭料理のようなものでさえ、仁が作ると、ひと味もふた味も違うから不思議だ。プロの料理人なのだから、あたりまえなのかも知れないが、だし巻き卵の優雅とさえ言える上品なおだしに、卵液の配合。ぷるぷると弾力がありながら、舌の上で溶けてしまいそうな絹のごときだし巻きを味わえば、やはりここは天上の楽園と思わずにはいられない」

     奥田さんのだし巻きも「ごちそう」の名にふさわしい一品でした。かみしめると、だしがジュワッと口に広がります。「関東の卵焼きは、卵にしょうゆ、砂糖、みりんを入れて焼くのに対し、関西のは、だしを加えるので柔らかく、甘くないのが特徴です。いずれにしても、卵焼きは幸せの象徴だと思います」と奥田さんは話していました。

    • 「土鍋は強火にかけて一気に沸騰させるのがポイント」と奥田さん。沸騰して3分ほどすると、表面に水がなくなってくる
      「土鍋は強火にかけて一気に沸騰させるのがポイント」と奥田さん。沸騰して3分ほどすると、表面に水がなくなってくる

     そしてこの季節、何と言ってもおいしいのは新米のご飯でしょう。炊き方のコツを尋ねると、奥田さんは「米を前の日のうちに研ぐこと」と教えてくれました。前の日に研いでざるに上げ、水気を完全に切ってから冷蔵庫で一晩おきます。そうして「ドライな米」を作っておくと、炊くときに良い水をたくさん米が吸って、おいしく炊きあがるのだそうです。家庭でも試してみてはいかがでしょう。

    まかないを通して学ぶこと

     サンマの塩焼きにだし巻き卵、つやつやと光り輝くご飯、豆腐とナメコのみそ汁、漬けもの。奥田さんは「これは最上級のまかないですね」と笑みを浮かべました。「まかないは、若い人たちが基本的に残った材料で作ります。おいしいものを作れるように教えるだけではなく、ものを粗末にするなと教えるのも大切なことですから」と奥田さん。

     また、まかないを作ることは、段取りよく仕事を進める練習にもなるそうです。奥田さんが修業中によく作ったのは、生まれ故郷の味・静岡おでん。「前の日にダイコンの下ごしらえをして、当日はほとんど温めるだけ。先輩を待たせないので好評でした」と懐かしそうに話してくれました。

     奥田さんは目下、パリで鮮魚店を開こうと毎月のように通って準備を進めています。その奮闘ぶりをつづった本「三つ星料理人、世界に挑む。」(ポプラ社、1300円・税別)が出版されました。海から離れたパリの街に鮮魚を並べるには、さまざまな“壁”がありますが、それを打ち破る後押しになったのは、まさに「同じ釜の飯」を食べた同僚たちの存在だったようです。新天地でチャレンジを続ける情熱を支えるのは、日本料理が持つ力を信じているからだということを強く感じました。

    2014年10月31日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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